要約

  • Pricelineの航空券サービスは1998年4月6日に始まった。旅客は価格と旅行日を示し、参加する大手航空会社のどの便でも、どの時間帯でもよいという変更不可の条件を受け入れた。
  • 開始から1998年末までに約190万枚分の保証付き申し込みを集めたが、販売した航空券は約13万4900枚だった。申し込みと成約は別の数字である。
  • 2003年10月15日、同社はPriceline.comに価格を明示した航空券を追加した。こちらでは航空会社が小売価格を設定し、販売上の取引主体となった。

買い手が見たのは値札だけ

航空券を選ぶとき、通常は便名、時刻、運賃を並べて比べる。Pricelineの初期サービスはその順序をひっくり返した。旅客は行き先、日付、支払ってよい金額を先に入力する。そのうえで、提示額を受ける大手航空会社ならどこでも、一日のどの時刻でも、変更できない航空券を買うことに同意した。1999年の目論見書はこれを買い手主導の取引として描く。一方、申し込みはクレジットカードで保証され、一定時間有効に保たれた。受諾後は原則として取り消しも返金もできない。

航空会社には利点があった。余った席を値引きしても、その安い価格を全顧客に公開する必要がない。Pricelineは申し込みを運賃、条件、在庫に照らして照合し、条件に合う席が見つかればカードから申し込み額を引き落として券を渡した。同社の収入は、旅客から受け取る額と航空券の仕入れ額との差額になり得た。旅客が数字を指定しても、便の選択と照合の仕組みは相手側に残った。

失敗した申し込みを同じ旅程で即座に出し直すこともできなかった。目論見書には七日間の再提示制限がある。買い手が少しずつ値を上げて底値を探るだけでは、航空会社にとって確実な需要にならないからだ。

190万と13万4900の間

1998年4月の開始から12月末まで、保証付きの申し込みは約190万枚分、実際の販売は約13万4900枚だった。前者は購入意思を示した航空券数、後者は在庫との照合に成功した航空券数である。190万人が買ったという数字でも、空席がそれだけ埋まったという数字でもない。

インターネットは大量の希望価格を集められたが、席と受け入れる売り手を作り出すことはできなかった。値引きが時刻や航空会社を選べない不便さに見合うかどうかも、旅客が判断する。公開運賃が安くなれば、秘密を受け入れる対価が縮む。

旅程を見せる取引へ

2002年には、入札に失敗した一部の客にLowestfare.comで公開価格の航空券を勧めていた。2003年の四半期報告書が示す次の節目は10月15日だ。Priceline.com本体で価格を示した航空券の購入機能が始まった。当初はName Your Own Priceの近くにリンクを置き、表示方法を試していた。入札を消したのではなく、旅程を選べる道を併設した。

2003年の年次報告書によれば、航空券販売枚数は2002年に前年比約36%、2003年に同約39%減った。二つの下落率は別々の年の比較だ。同社は不透明な航空券の市場が縮んでいると説明した。公開運賃の値下がりと格安航空会社の存在によって、便を選べない代償を払う理由が弱くなった。

価格明示型ではPricelineは代理人となり、航空会社が小売価格を決めて取引上の販売主体となる。従来型ではPricelineが顧客に販売し、仕入れ額との差を得ることができた。同社によると、2003年第4四半期には新商品が従来型の販売を一部奪ったものの、航空券全体の販売枚数は増え、増加分の粗利益貢献が従来型から失った分を上回った。少なくともその時点の会社の記録では、便を見せることに商売上の理由があった。

出典