要約

  • Transcribe Benthamは手稿の画像と入力欄を並べ、追記、削除、判読の不確かさなどを記録するボタンを設けた。
  • ボランティアが作った転記は編集者が確認し、承認したものを元の画像とともにUCLの電子資料庫へ収める仕組みだった。

書いた言葉に線を引く。普通なら、その言葉には退場してもらう場面だ。ところがTranscribe Benthamでは、消された文字も丁寧に入力し、消されたことまで記録した。哲学者の取り消し線に、後世のネット利用者が律義な事務処理を施すことになった。

対象はJeremy Benthamの手稿で、オンラインの作業台は2010年9月に開いた。Martin Moyle、Justin Tonra、Valerie Wallaceによる設計論文には、右に手稿画像、左に入力欄を置いた画面が載っている。画像は拡大でき、文書は主題、年代、難易度から選べた。論文にある後期の筆跡を見ると、拡大機能を付けた人に感謝したくなる。

入力するのは、残された文章だけではなかった。ツールバーには追記、削除、欄外の注、独特の綴り、読めない文字、読みが確かでない箇所などを記す機能があった。ボタンがText Encoding Initiativeに沿ったXMLタグを挿入し、紙の上で起きていることを文字データに添えた。

書き直しを残す意味は大きい。足した言葉と取り消した言葉を平らな本文にまとめると、作者が解体中の文まで完成した主張に見えてしまう。取り消し線を記録すれば、その言葉がどんな扱いを受けたかを後から調べられる。文章の中身に加え、文章を作る動作を保存する仕事だった。

ボタンが助けるのは記号の入力である。難しい筆跡を読む目は別に要る。設計論文は、細かい記述が学術的な利用価値を高める一方、初心者の負担を増やし、専門家による確認にも時間がかかると説明していた。最初から完璧さを求めれば、役に立つ一枚ができる前に参加者が帰ってしまう。

チームが2012年に発表した試験結果には、この仕事の担い手が数字で現れる。試験期間は2010年9月8日から2011年3月8日まで。ボランティアは1,009件の手稿に取り組み、うち709件、約7割に7人の継続参加者が関わった。途中まで進んだものも含む件数だ。大勢に開いた作業場の中心には、かなり小さな班がいた。

途中の仕事を拾い直す仕組みも加わった。2011年1月下旬、改善が必要な転記を見つけるため、未完成の手稿を集める分類ができた。常連の参加者は筆跡の見本や、部分的に転記された手稿の一覧も提案した。難しい一語で止まっても、そこまでの成果を次の人の足場にできる。

提出後は編集者が引き受ける。設計上の手順では、確認を通った転記を対応する画像とともにUCLの電子資料庫へ入れ、公開と保存に回した。後の読者には、文字から元の紙面へ戻る道が残る。転記はさらに、Benthamの著作集を整える学術編集の材料にもなった。

この分担をよく表しているのが、2011年12月16日の進捗報告だ。クリスマスと年末年始もサイトは使えるが、職員は12月21日から1月9日まで不在となり、提出物の確認は戻ってから行う。問い合わせには可能な範囲で答える、と告知した。サーバーは年末年始も勤務できる。編集者の暦には休みがある。

ネットは精読の場所を閲覧室の外へ広げた。消した言葉をきちんと残すには、画像、読み取り、削除を示す記述、そして確認する人が必要だった。