要約
- 迷惑メールを避けるため、Piochは1996〜2002年にウェブ上の連絡先表記を取り下げ、2002年と2006年に新しいアドレスを用意した。
- 連絡先の表示には説明を読んだという確認が必要だった。訂正や資料は歓迎しつつ、個別の返事はあまり期待しないよう伝えていた。
美術館に入るのは簡単でも、館長にメールを送るにはひと手間かかった。
WebMuseumの連絡先ページでは、注意事項を読んで理解したという欄にチェックを入れ、表示ボタンを押す。そこでようやくメールアドレスが現れる仕組みだった。作品より先に説明を読む必要があるのは、ここでは連絡先のほうである。
2007年7月の日付が付いた投稿案内には、この手続きに至る経緯が残っている。Nicolas Piochは迷惑メールに困り、1996年から2002年にかけて、自分のアドレスへの言及をウェブから取り除いた。2002年8月に新しいアドレスを公開し、2006年8月には再び変更したという。
確認欄とボタンで表示するのは、その2006年8月時点のアドレスだった。表示にはJavaScriptが必要だった。
展示室を増やす仕組み
WebMuseumの紹介文でPiochは、1994年3月半ばから、この仕事に余暇、夜、週末を費やしてきたと説明している。インターネットにもっと美術を、という思いで始め、訪問者からの協力で展示を広げてきた。
紹介ページは、年間を通じて24時間開いていると案内していた。遠くの人にも展示を届けるため、ファイルを置く場所を増やす仕組みもあった。
2006年8月のネットワーク案内には、ヨーロッパ、アジア、南北アメリカのミラーサイトが並ぶ。近い場所を選べば、データにより速くアクセスできると利用者に勧めていた。主サイトはibiblio。全体を複製したい人には、匿名で使えるrsyncも用意されていた。
展示の置き場所は増やせる。届く質問を読む時間は、Piochの予定表から捻出する必要があった。
受信箱は月一回を目標に
投稿案内には、少なくとも月に一度はメールを取り込むよう努める、とある。迷惑メールのフィルターを通ったメッセージには目を通す。ただし、個別の返事は期待しないでほしい。返事に余暇を使うより、WebMuseumを充実させたいという説明だった。
対応しない質問も具体的だった。画家や作品について一般的な情報を求めるもの、なぜ特定の画家が載っていないのかというもの、屋根裏で見つけた絵の鑑定や値踏み。例として、2002年8月8日に届いたMichelangelo Buonarrotiについてもっと知りたいという依頼が載っていた。
ネットに美術館を作ると、資料室と質問受付と鑑定窓口まで、訪問者の想像の中で増築されてしまう。案内文は、その増築工事を止めるためにも働いていた。
歓迎される手紙の中身
訂正は歓迎していた。弱い説明、誤字、不自然な英語、確かな根拠のある作者名や作品の同定の誤り。Piochは自分の母語がフランス語だと説明し、英語表現の改善も求めていた。追加の画像や人物略歴も役に立った。
どのページのどこが間違っているかを知らせるメールは、展示を直す手掛かりになる。漠然と「もっと教えて」というメールは、新たな調査仕事を発生させる。その違いを、投稿案内は送り手に伝えていた。
アドレスを他のウェブページやメーリングリストなどに転載することも控えてほしいと求めた。収集されれば迷惑メールが増え、また変更することになるからだ。人に教えるなら投稿案内のページを、と頼んでいる。
連絡先が変わっても、案内板は同じ場所に置いておく。その案内板には、送り先だけでなく、届いた後にどんな扱いを受けるかも書いてあった。
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