要約

  • Yahoo!は2005年11月、The Freecycle Networkの商標に関する申し立てを受け、FreecycleSunnyvaleのグループを閉鎖した。
  • 2010年、Ninth Circuitは地域グループ側の勝訴を支持した。ネットワークによる使用許諾には、必要な品質管理が伴っていなかった。

不要になった椅子を譲るのに、まず弁護士を探す。そんな仕組みを目指したはずはない。FreecycleSunnyvaleの出発点にも、もっと気軽な空気があった。2003年10月、Lisanne Abrahamがロゴを求めると、Deron Bealはサイトにある中立的なものを使ってよいと答えた。商用利用は避けること。もっと凝ったものが欲しければ、手伝ってくれる人もいるという。

その親切なメールが、後に裁判記録の重要な一通になる。Ninth Circuitの2010年判決は、地域グループを運営する力、共通の名前を許諾する力、オンラインの場所を閉じる力が、それぞれ別の手にあったことを示している。

仕組みの発端は、使える物の行き先探しだった。Freecycle自身による沿革では、Bealがネットワークを告知する最初のメールを送ったのは2003年5月1日とされる。それ以前、RISEのスタッフはツーソンで電話をかけ、車を走らせて引き取り先を探していた。メッセージを共有すれば、物を動かす前に話を広げられる。

Abrahamは同年10月7日、自らYahoo! Groupsのサービス契約を結び、FreecycleSunnyvaleを立ち上げた。管理役を務め、既存のマナー案内を地域向けに調整し、Bealにロゴの使用を相談した。10月9日の返信で非商用の利用が認められ、グループはネットワークの一覧にも加わった。判決によると、商標の利用について当事者が直接やり取りした記録は、このメールだけだった。

共通ルールを決める動きもあった。2004年1月、管理者たちの議論の場では、品物は無料で、合法で、全年齢に適したものとする原則が多数決で採用された。ただし、解釈と運用には地域差が残った。短い標語を掲げた後にも、個々の投稿をどう扱うかという仕事は続く。

関係が正式な要求に変わったのは2005年11月だった。The Freecycle NetworkはSunnyvale側に名前とロゴの使用停止を求め、Yahoo!にグループの終了を申し立てると警告した。地域側は11月5日、2003年の許可を根拠にYahoo!へ異議を伝えた。それでもYahoo!は商標に関する申し立てを受け、11月21日にネットワークの要請でグループを閉鎖した。ネットワークが最初に使用停止を求めた理由は、判決には記されていない。

Sunnyvale側は2006年1月に提訴し、2008年3月に地方裁判所で略式判決を得た。2010年11月24日、Ninth Circuitはその結論を支持した。ネットワークは地域サービスの品質を管理する権限を契約で明示的に留保しておらず、実際の管理も示せなかった。地域側の品質管理に任せてよいと判断できる関係も、記録からは認められなかった。裁判所は品質管理を伴わない使用許諾、いわゆるnaked licensingと、それに伴う当該商標の権利放棄を認定した。

非商用という条件はあったが、2003年のメールには検査や監督の権利が明示されていなかった。ネットワークは、共通の原則、マナー、各地域で守られる理念などを管理の根拠に挙げた。裁判所が調べたのは、その仕組みがサービスの品質をどう支えていたかである。商用利用を禁じる条件だけでは品質の一貫性はわからない。変更可能なマナー案内や地域ごとに異なる運用も、十分な監督を示す材料にはならなかった。

Yahoo!が定める迷惑投稿や嫌がらせの禁止も、ネットワーク自身による品質管理を代行してはくれなかった。あれはプラットフォーム全体を利用するための規則である。特定の物品譲渡サービスをどう運営するかという監督とは、担当する仕事が違った。

年表は、この事件の急所をよく表している。申し立てを受けてホストがグループを閉じたのは2005年。控訴審の結論は2010年だった。名前の権利をめぐる判断が進む間にも、ホストには場所を閉じる力があった。皆で使う親しげな看板の裏には、ずいぶん違う速度で動く仕組みが収まっていた。