要約

  • FICSは1995年9月のヘルプで、指し手や局面を送る時間が持ち時間を消費すると説明した。相手に時間の追加などを頼むことはできたが、応じる義務はなかった。
  • Timesealは考慮時間を記録し、通信時間を時計の勘定から外した。対応ソフトを実際の接続経路に入れる必要があり、正式な残り時間はサーバーが管理した。

チェスで時計を押すのは対局者だ。しかし、初期のネット対局では通信回線まで持ち時間を使っていた。相手の手を待っているだけなのに、考えるための秒数が減っていく。盤上には白と黒しかいないはずが、回線という三人目が勝手に参加していた。

1995年9月19日改訂のFICSの遅延に関するヘルプは、この仕組みを率直に説明している。指し手や局面を伝えるにも時間がかかり、その時間がプレーヤーの時計から引かれる。時間制限のあるチェスでは、一手を選ぶための持ち時間が貴重な資源になる。通信に使われた分だけ、判断に使える余裕が削られる。

Free Internet Chess Server、通称FICSは、1998年7月版のFAQで、当時の形での開始を1995年3月としている。残されたヘルプには、遠隔対局を日常的に楽しむための細かな工夫が並ぶ。そこにあるのは、壮大な未来予想より切実な問いだ。遅い回線で、どうすればまともに一局を指せるのか。

まず提示されたのは、対局条件を変える方法だった。長めの持ち時間を選ぶ。一手ごとに加算される時間を増やす。回線が落ち着くまでは、レーティングに反映されない対局にする。相手に事情を伝える方法もあった。時間を足してくれるかもしれない。時間切れの勝ちをすぐに請求せず、待ってくれるかもしれない。対局の取り消しや中断に同意することもできた。

ただし、どの対応を選ぶかは相手次第だった。いつも通り指し続けることも認められていた。好意は助けになるが、対戦相手に回線障害の埋め合わせまで担当させるには、いささか仕事が多い。

Timesealは、その負担を時間の計算へ移した。1995年8月に書かれ、1998年5月に改訂された説明によると、この中継プログラムは通信にかかる時間を追跡し、プレーヤーが考えた時間を記録する。通信で待たされた秒数は、持ち時間の消費から外れる。回線は相変わらず待たせる。時計のほうが、その待ち時間の扱いを変える。

すると、画面の数字にも注意が必要になる。1995年11月改訂の「flag」の説明は、サーバーが正式な時間を管理し、着手後に送信し直すと記している。遅延やTimesealの影響で、手元の表示と正式な残り時間はずれることがある。画面にゼロが出ても、サーバーではまだ時間が残っている場合があった。

時間切れを申し立てるflagコマンドは、両者の時計をサーバーに確認させる。相手だけが時間を使い切り、自分には残っていれば勝ちを請求する。双方とも尽きていれば引き分けを請求する。相手に時間が残っていればエラーになる。自動の申し立ても認められていた。対局結果を決めるには、目の前の数字からもう一段先を見る必要があった。

Timesealの恩恵を受けるには、導入の段取りも要る。組み込み済みのインターフェースもあれば、接続に使うホストに合ったプログラムを用意する方式もあった。1998年4月改訂のUnix向け手順には、1996年1月14日付の対応環境一覧が残る。AIX、Linux、NeXTSTEP、SunOSなど、当時の多様な環境に合わせて実行ファイルを選ぶ作業があった。

特に重要なのが接続先だった。自分のマシンで中継プログラムを動かす構成では、チェスのインターフェースをその中継先につなぐ。遠隔のFICSサーバーへ直接つなぐと、Timesealを素通りしてしまう。ソフトは手元にあるのに、指し手は別の道を走っている。几帳面にインストールしただけでは、時計は事情をくんでくれなかった。

FAQが案内するヘルプと質問用のチャンネルも、この仕組みを支える一部だった。公平な時間計算を実現するには、利用者がそこまで設定を進められなければならない。どの秒数を対局者に負担させるか。その判断は、サーバーの時計と、手元の小さな中継プログラムの間にあった。