要約

  • APNICはIPv6アドレスの配分に間隔を空け、将来の拡張先を残していた。Dean PembertonとRen-Hung Hwangは、その並べ方を公開文書にするよう求めた。
  • APNIC 33では、職員の説明を聞いたPembertonが「これをウェブに載せれば提案を取り下げ、会議を30分早く終えられるのでは」と軽口をたたいた。提案は正式な議論へ進んだ。
  • prop-102の最終版は、疎な割り当ての枠組みを番号付き文書で公開するよう定めた。2012年8月に実施され、現在のAPNIC資源ポリシーにも残る。

誰が空席を決めるのか

会議のスクリーンには、IPv6アドレスをぎっしり詰めない配分図が映った。次のネットワークを離して置けば、最初の利用者が大きくなったとき、隣の空間を使って一つの経路にまとめられる可能性が高まる。Dean Pembertonは職員の説明を聞き、APNIC 33の議事録に残る提案をした。やり方を公開してくれるなら自分の政策案を引っ込め、皆が30分早く帰れるのではないか。笑いを取るには十分で、問いとしてはもっと鋭かった。

APNICは当時、アドレス空間を二分しながら置き場所を選ぶ方法や、規模の異なる申請を別のプールで扱う方法を説明していた。数字は2012年の運用状況である。会場にいた人にはスライドが見えたが、将来アドレスを求める会員が同じ手順を読める文書はなかった。置き場所の規則が見えなければ、拡張の見込みをどう説明し、どう異議を唱えるかも難しい。

APNIC 33の講演者紹介によると、Pembertonは当時ニュージーランドでネットワーク設計とIPv6推進に携わっていた。Ren-Hung Hwangと共同で提出したprop-102の最終本文は、職員がすでに使っている疎な割り当てのアルゴリズムとパラメータを、番号付きのAPNIC文書に載せるよう求めた。改訂も文書の編集手続きに従わせる。会員が読める規則へ、職場の慣行を移す仕事だった。

30分は戻らず、文書は残った

2012年3月1日に第3版が提出され、同日の政策会合で合意を得た。翌日の会員会合も賛成し、5月に執行評議会が承認。APNICの記録は8月20日の実施を示す。Pembertonの時短案は実現しなかったが、政策案の核心だった公開は制度に入った。

現行のAPNIC資源ポリシー第5.1.2節にも、IPv6ブロックの選択に使う疎な割り当ての枠組みをAPNIC-114に記すとある。隣の空席は将来の拡張を助ける余地であり、次のアドレスを求めるときには改めて割り当てが判断される。空け方を知れば、会員は自分の成長計画と経路の集約可能性を具体的に考えられる。

Pembertonが動かしたのはアドレスそのものより、空白を決める権限の見え方だ。膨大なIPv6空間でも、隣席の価値は将来の経路表に現れる。席順を決める側には、せめて座席表を公開してもらいたい。

原資料