要約
- このセンターはインターネットだけでなく、電話、ファクス、コンピューター講習、事務サービスも提供した。現地調査では、インターネットは利用目的の一つにすぎなかった。
- 地域住民は資金集めや助言に参加した一方、評価報告は権限の曖昧さ、プロジェクト資金への依存、採算性を判断できない会計資料の不足を指摘した。
公共のインターネット施設について、まず問われるのは接続方法だろう。トンブクトゥの事例では、もう一つ難しい問いがある。接続を継続的な公共サービスにするには、地域でどのような運営を組み立てる必要があったのか。
資料が示す開始時期は一つに定まらない。国際電気通信連合(ITU)の2002年記事は、試験事業を1997年開始としている。国際開発研究センター(IDRC)が2003年に刊行した書籍は共同事業の開始を1998年と記し、トンブクトゥの章はセンターが1999年4月に営業を始めたとする。その後、住民は恒久施設の建設に3万米ドルを拠出し、建物は2001年6月に開所した。事業の立ち上げ、運営開始、建物の完成という別々の段階を指している可能性があるため、一つの「開設年」にまとめる根拠はない。
ここは単なるネットカフェではなかった。電話、ファクス、電子メール、インターネット、ワープロ、印刷、コピー、スキャン、講習、ウェブ関連サービス、機器の支援を提供し、地域ラジオ番組も支えた。接続が不安定でも、住民には通信や情報サービスが必要だったため、この幅が重要だった。
最も詳しい現地記録は、IDRCの2003年調査にある。2000年12月と2001年2月の調査に加え、1999年4月以降のセンター記録が分析された。聞き取り対象では、インターネット利用を目的に来た人は10%で、40%はコンピューター技能の習得が目的だった。電話とファクスはよく使われ、調査報告では訪問者の42%が発信し、37%が着信を受け、26%がファクスを送った。これは調査対象者と施設記録の数字であり、市民全体の調査でも、マリ全体のネット利用率でもない。
当時の設備台帳にはコンピューターが15台あり、そのうち4台は故障して使えなかった。電話回線は数日間途切れることがあり、調査チームの訪問時にも不通だった。スタッフは多くのコンピューターやプリンターの故障に対応できたが、電話、電力、コピー機の問題では外部の支援に頼った。サービスの継続性は上流回線だけでなく、地域の修理能力と、現場で直せない設備にも左右された。
運営の権限も複数の層に分かれていた。ITUが2002年に紹介した運営委員会には、市長、商業関係者、職人、図書館員、医療従事者、女性団体などが参加していた。記事によると、委員会は料金を決め、女性と子どもには割引を設けた。地域住民が建物の資金を集めたことも、具体的な参加の一形態だった。
その後の評価は、日常運営で「所有」が何を意味したのかを問う。事業文書では施設の所有者をトンブクトゥ地区とし、将来、地域の連合体や協同組合などへ権利を移す可能性を示していた。聞き取りでは住民の多くが「地域のもの」と答えたが、スタッフや委員会のメンバーは、法的・実務的な意味を明確にできなかった。地方委員会には、収入、日々の支出、調達、採用を監督する役割が想定されていた。実際には管理者と全国コーディネーターが日々の監督と財務管理を担い、両者の役割分担は曖昧だった。公務員委員の入れ替わりも続き、運営の継続を損ねた。地域には定期的な報告や説明が足りないとの不満もあった。
資金集めに参加することと、運営を支配することの違いは、日々の作業に表れた。住民は文化行事を開き、建設資金に協力した。しかし評価報告によると、計画、日常運営、保守には参加しておらず、これらは管理スタッフが担っていた。地域に影響力がなかったという意味ではない。資金調達、代表参加、料金設定、運営権限は別々の権力であり、複数の主体に分かれていたということだ。
料金には相反する面があった。ITUは割引制度を報告したが、IDRC調査の回答者の半数は、女性の購買力に対して料金が高いことが女性の利用の少なさにつながっていると考えた。65%は値下げにより利用が大きく増えると予想した。調査期間中、登録利用者に占める女性は23.2%だった。これは回答者の見方と観測された割合であり、価格だけが原因だったとの証明ではない。サービス、読み書き能力、言語、営業時間、機器、接続品質も利用を左右した。
収入が増えたことも、施設が自立採算に達した証拠ではない。運営は主に寄付金に依存していた。2001年2月時点でパートナーからの助成は2億1,300万CFAフランを超え、スタッフの給与も事業資金から支払われていた。サービス収入は1999年から2001年に増えたが、包括的な損益計算書や貸借対照表がなく、研究者は財務的な実行可能性を判断できなかった。料金表と収入の増加だけでは、助成終了後に人件費、接続、機器更新、修理を賄えるかは分からない。
このずれに、センターの歴史的な意味がある。共同利用によって通信、学習、情報がトンブクトゥに持ち込まれた。しかし運営は、地域の資金集めと料金決定、技術スタッフと国営通信事業者、国際事業費、管理参加を求める地域団体が混ざる仕組みだった。「地域」という言葉は重要な関係者を指したが、執行可能な権利、安定した運営予算、電話やコンピューターを直す責任までは定めなかった。
評価報告は施設の閉鎖を示しておらず、長期的な存続について最終判断もしていない。慎重で有益な結論は、2000~2001年には利用実績と地域に評価されるサービスがあった一方、権限と財務は不確かで、経済的な持続可能性を認定できなかった、というものだ。トンブクトゥの歴史は、遠隔地に回線が届いた話にとどまらない。アクセスを公共サービスにする制度的な仕事と、運営責任、説明責任、資源がそろわない場合の地域参加の限界を記録している。
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