要約

  • 1992年、インターネットの登録窓口を地域のネットワークに近づけながら、共通のアドレス体系を保てるのか。RFC 1366は、クラスCの八つのブロックを地域に委ねつつ、根は一つに保つ案を示した。
  • Internet Registryは根と既定の窓口であり続け、A・Bクラスは中央に残った。地域への委任対象として示されたのはCクラスの一部だった。
  • 技術・運用団体が支持した情報文書であり、世界の利用者が投票した結果でも、地域がアドレスを所有する宣言でもない。

登録窓口を地域へ近づける

1992年、地域の大学や事業者が新しいネットワークをインターネットにつなごうとすれば、そのネットワークを識別する番号を誰に申請するのかが実務上の出発点になる。利用が国境を越えて広がるなか、窓口を地域の運用者や利用者に近づけながら、共通の体系を保てるのか。RFC 1366は地域の登録サービスとクラスCの八ブロックを提案した一方、根と既定の窓口、A・BクラスすべてをInternet Registryに残した。地域から世界へ接続する際の申請経路を整える案だったが、その地図どおりに後の運用が進んだ証拠ではない。

地域別登録の理由として挙げたのは、身近な言語と習慣に対応できることだった。文書は、ネットワークの成長と成熟が進んだ地域として欧州、中南米、太平洋地域を挙げる。ただし中心機関は消えない。Internet Registryはルートレジストリにとどまり、地域登録機関のない場所を担当し、必要なら利用者から直接の問い合わせも受ける。

まずCクラスだけを分ける

RFC 1366が引用する1992年6月の表では、Aクラス126件中49件(38%)、Bクラス16,383件中7,354件(45%)、Cクラス2,097,151件中44,014件(2%)が割当済みだった。ここでのA・B・Cは当時のクラスフルなネットワーク番号であり、現在のCIDRプレフィックスとは異なる。希少な資源とみなされたAとBはInternet Registryに残し、地域向けに切り分けるのはCクラスだけとした。

提案のCクラス空間は、各131,072アドレス、全体の約6%に当たる八つの等しいブロックに分かれた。欧州、北米、太平洋、中南米に対応する範囲のほか、「その他」や複数地域向けの範囲もあった。これは配分と経路集約を組み立てるための地理的な区分であり、地域への領有権の付与ではない。

候補組織には、地元のネットワーク当局からの正当性、登録業務以外でも確立した組織基盤、安定したサービス、IANAとInternet Registryの指針への準拠、下位割当の調整が求められた。同じ階層では地域ごとに一組織とする案も記された。委任は条件付きで、その範囲は中央の配分枠に収まっていた。

支持の範囲と実施日程

RFC 1366は標準仕様ではなく、インターネット向けの情報文書である。要約はFEPG、Federal Networking Council、IEPGの共同議長、RIPEによる「一般的な合意」を記す。ここで示されるのは名指しされた団体の支持であり、利用者全体の意思表示や全ネットワークでの採用ではない。

RFC 1367は、1992年10月末から候補を受け付け、翌年2月に日程を見直し、4月にはCクラスの配分を計画どおり始める案を載せた。6月にはアドレス集約の仕組みが利用可能になるとの見通しも記した。ただし文書はこれを草案日程として、公開の議論と見直しを歓迎している。予定日は実績の証明ではない。

欧州の組織化はこれより早く始まった。RIPEは1990年に調整センターを提案し、1991年5月に活動計画を出した。RIPE NCCが運用を始めたのは1992年4月で、RFC 1366の公表より数カ月早い。つまりこのRFCは最初の地域レジストリを創設したのではなく、すでに動き出したサービスを含めた一般の配分枠を示した。

太平洋地域のブロックには、その後の記録がある。APNIC自身の沿革によると、1993年のAPCCIRN会合で地域NICの計画が受け入れられ、試行運用は1993年9月から1994年6月まで行われた。1994年4月、IANAは202/8と203/8をAPNICに委任した。これはRFCの表が太平洋地域に示した範囲と一致する。一つの後続事例を示すが、全ブロック・全日程の実現を証明するものではない。

その区別に、この提案の歴史的な意味がある。登録サービスの分散は応答性を高め得るが、共通の根、中央の予備窓口、割当ルールは残せる。1992年の文書における「地域レジストリ」は、その地理内の番号を政治的に所有する機関ではなかった。

出典