要約
- 1986年、スペイン代表団はコペンハーゲンのRARE会合に出席した。後に参加者が「紙の上のネットワーク」と振り返った構想の代表だった。1987年のバレンシア会合では、X.25回線2本と借りたPC4台が使われたが、全国サービスではなかった。
- 国家研究開発計画とProgramme IRISは1988年1月1日に正式に始まった。CICYTが資金と監督を担い、Fundescoが運営した。初期設計はオープンなISO/OSIプロトコルと公衆X.25サービスを重視した。
- 大学がTCP/IPを求めたこと、OSIの計画と実装可能なサービスの間に隔たりがあったことが、転換を促した。SIDERAL/IPは1990年に実験され、年末には4つの試験拠点が接続。運用サービスとしてのSIDERALは1991年3月に始まった。
スペインのネットワークより先に欧州会合へ
RedIRISの初期史は、後に定着したネットワーク名から語られることが多い。その語り方では、実際より整った状態で始まったように聞こえる。Programme IRISに関わったRamón López de Arenosaは、後年の回想で、スペインの学術ネットワーク計画は1985年から進められていたと述べた。1986年春、スペイン代表はRAREのコペンハーゲン会合に参加し、彼の回想では「紙の上のネットワーク」を代表していた。スペインが次の会合の開催を申し出て、1987年秋にバレンシアでワークショップが開かれた。
これは言い回しの違いだけではない。スペインは、大学にサービスを提供できる国内ネットワークが整う前に、欧州の研究ネットワーク協議に参加していた。代表団が示したのは意図と形成途上の計画であり、スペインの大学間、あるいは欧州の研究機関との間で通信がすでに行われていた証拠ではない。
バレンシアのワークショップは、その隔たりを具体的に示す。López de ArenosaはX.25回線2本と借りたパーソナルコンピューター4台を記憶している。それで方向性を示し、関係者を集めることはできた。しかし、回想には全国規模のサービス、測定済みの利用者数、常時接続を示す記録はない。技術実験と制度づくりは結びついていたが、同じ証拠ではなかった。
事業計画に運営の拠点ができる
正式な節目は1988年1月1日で、スペインの国家研究開発計画とProgramme IRISが始まった。CICYTが資金提供と監督を担い、Fundescoが運営主体に選ばれた。Fundescoは後にRedIRISという名称も考案した。ここで順序を区別したい。1988年に始まったのはIRIS計画であり、定着したネットワーク名とサービスは後年に広がった。
初期設計はISO、OSI、CCITTに関連するオープンプロトコルを重視し、Iberpacの公衆X.25サービスを主要な伝送層の一つに据えた。この方針は当時の欧州政策環境に沿っていた。RAREとCOSINEは各国の研究ネットワーク間の協力枠組みを作ろうとしており、オープン標準は互換性のない独自システムへの相互運用可能な代替策と考えられていた。
IRISはプロトコルの選択だけではない。接続手段を持たない機関にはX.25回線、インターフェースカード、ソフトウェアを提供し、既存ネットワークの移行も合意が得られた場合に支援した。RedIRISの機関史は、1990年末までに200を超える機関が接続したと記している。これは機関数であり、個々の利用者数や全機関で同等のサービス水準があったこと、完全なインターネット接続を得たことを示す数字ではない。
稼働するサービスが設計の重みを変えた
ARTIXは1990年から1993年にかけて初期のOSIサービスを提供した。しかし、実装は計画どおりの速さで進まず、大学側はすでに実ネットワークで役立っていたTCP/IPを求めた。RedIRISの回顧はこれを実務上のずれとして描く。オープンシステムの設計は一貫していても、利用者が必要としたのは、手元の機器と回線で展開できるプロトコル群だった。
RedIRISの記録では、スペイン初の完全なインターネット接続は1990年半ばの実験回線とされる。同年末には、4つの実験拠点が64 KbpsのIXI網を通じ、X.25上でIPを使っていた。この転換と結びついたサービス名がSIDERAL/IPである。RedIRISの後年の年表は、運用サービスとしてのSIDERALの開始を1991年3月とする。実験的な国際回線、少数の試験拠点、運用段階の国内サービスは、ひとつの「開通日」にまとめられない。
この経緯はスペイン以外のネットワーク史にも示唆を与える。初期のOSI志向は不合理ではなく、関係者が一晩でそれを放棄したという話でもない。しかし設計は、実際に使う機関の制約に向き合わなければならない。大学がTCP/IPを求め、使える環境が整うにつれ、実運用の進路が変わった。Heng Luの後年のNote 65は、実装経験が設計上の主張を規律すると捉える。Note 64は共通仕様と参加者が実際に採用する選択を区別する。いずれも数十年後の分析枠組みであり、当時のスペイン政府やRAREの意図を示す歴史資料ではない。
「始まった」とはいつか
すべての始まりを表す日付はひとつではない。計画は1988年に先立っていた。欧州への代表参加は国内運用より先だった。バレンシアでは小規模な構成が試された。1990年の実験接続は本格運用サービスと同じではない。RedIRISの回顧年表では、1991年3月が運用サービスSIDERALの開始時期とされる。
詳細を語る資料は主に1998年の機関回顧と後年の公式年表である。そこには有用な時系列と、技術転換に関する組織側の説明がある一方、当時のネットワークログは含まれない。パケット記録、通信量、費用比較、各機関の選択過程を網羅した資料は確認できなかった。TCP/IPへの需要とOSI実装の遅れはRedIRISの説明にあるが、それぞれの因果的な重みまでは算出できない。
それでも、この時系列はよくある短縮表現を正す。国は、話し合っているネットワークを運用する前からネットワーク調整の場に参加できる。プログラムは正式に始まっても、全国サービスはまだ存在しないことがある。機関が別のプロトコルを実際に使えると分かれば、標準戦略も変わりうる。RedIRISという名称が後にネットワーク全体を指すようになったとしても、その形成は単一の創設日ではなかった。
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