要約

  • RIPE-705(提案2017-02)は毎年のアブuse-cメールボックス検証を義務付けたが、その条文はリソース保持者の「内部アブuse対応手続きに介入する権限をRIPE NCCは持たない」と明記している(2017-02提案文書)。
  • 2025年のRIPE NCC年次報告(RIPE-855)は86,959件のアブuseメールアドレス検証と2,320件の検証調査を報告する(RIPE-855)。2024年(RIPE-840)は2,445件の補助登録チェックと約5,500件の是正措置であった(RIPE-840)。これらは連絡先データの正確性を測る指標であり、通報されたアブuseの解決を測るものではない。
  • 2024年10月のRIPE 89では、BeINのLee Kent氏とプレミアリーグのAndrew Willatt氏が、同一のRIPE地域IPv4アドレスからの海賊版配信の繰り返しと、事業者からの応答の困難さを報告した(RIPE 89議事録)。
  • 2025年のRIPE 90から2026年10月のRIPE 91に至るまで、Security WGの議事録にはアブuse是正に関する政策議論は現れない(RIPE 90議事録、RIPE 91議事録、Security WG)。
  • 第三者のアブuse通報を直接の契機とする仲裁または登録解除の手続は、確認した公開記録には現れない。これは「記録上の不在」であり、普遍的な不在の証明ではない。

検証の成功と、その測っているもの

RIPE NCCの数字自体は印象的である。2025年の年次報告は、年間目標2,400件を超える2,825件の補助登録チェック、801のLIRアカウント・764のLIRリソース・755のエンドユーザーを対象とする2,320件のアブuse-c検証調査、そして85,696件の自動検証と899件の手動検証を合わせた86,959件のメールアドレス検証を記録している(RIPE-855)。前年の2024年には、2,297件から2,445件に増えた補助登録チェックが約5,500件の是正措置につながり、アブuse-c検証調査は2,366件であった(RIPE-840)。

しかし、どの指標も「連絡先が正しいか」を測っており、「通報が処理されたか」を測っていない。レジストリは第三者からのアブuse通報の受付件数、回答率、エスカレーション件数、検証済みの是正完了件数を公表していない。検証という入力品質の管理は年次報告の中心にあり、是正という結果の管理は報告のどこにも現れない。

条文が切り取った責任

この分断は偶発的ではない。2017-02提案の条文は、RIPE NCCが保持者の内部アブuse対応に介入する権限を持たないことを明示した上で、それまでの5年間に1,000件超の不正確なアブuseメールボックス属性の外部通報を調査・解決しながら、登録解除は一度も発動しなかったと記録している。登録解除は最終手段と位置づけられ、3か月の猶予窓口を持つ(2017-02提案文書)。つまり、エスカレーションの machinery は登録紛争では発動するが、アブuse通報では発動しない設計が、政策の中に書き込まれている。

権利者と、応答しない事業者

RIPE 89のSecurity WG議事録は、この溝を最も具体的に示す一次資料である。BeINとプレミアリーグの権利保護担当者は、RIPE地域のIPv4アドレスからの生放送海賊版配信をリアルタイムで検知し、同じアドレス群からの反復侵害を記録しながら、事業者からの応答を得られない実務上の困難を説明した。彼らは透明性の向上、コミュニケーションの改善、反復侵害者に対する政策の検討を求めた。RIPE NCCのHans Petter Hollen氏はアブuse-cと登録データの正確性に関する統計で応えた(RIPE 89議事録)。権利者の問題提起が「連絡先データの正確性」の回答で受け止められたこと自体が、入力指標と結果指標の断絶を示している。

ポリシー面の静寂

Anti-Abuse WGはRIPE 89で承認された改名・再憲章によりSecurity WGとなった(Anti-Abuse WGアーカイブ、WG沿革)。憲章は「インターネットインフラとリソースへのアブuseへの対処」を掲げつつ、WG自体はアブuseやスパムの通報先ではないと明示する(Security WG)。RIPE 90(2025年5月13日)とRIPE 91(2025年10月21日)の議事録には、是正や制裁に関する政策提案は現れない。共同議長(Brian Nisbet、Tobias Knecht、Markus de Brün各氏)は関連提案の支援と経路付けを申し出ている(RIPE 90議事録、RIPE 91議事録)。

2026年8月4日付のSecurity WGメーリングリスト投稿は、組織がアブuse通報を無視するのは「安価で、罰がないからだ」と論じ、通報を無視するコストを高める仕組みとしてLACNIC流の段階的制裁を参照した(メーリングリスト投稿)。別の議論ではデータベースオブジェクト更新の停止など段階的制裁が浮上したが、採択には至っていない(Anti-Abuse WGアーカイブ)。これらは個人としての意見であり、RIPEの政策ではない。

NCC自身の研修もこの構造を裏書きする。2025年1月のAcademy研修資料は、アブuse対応を事業者側の受信・処理・是正プロセスとして提示し、速度を最重要因子とし、成功測定の指標として「報告された問題」「接触したエンドユーザー」「解決された問題」を挙げる(研修資料)。是正は誰の、どの統計にも結びつかないまま、事業者側の内部指標として私的にのみ存在する。