要約

  • APNIC の本人インタビューによると、ネパール国内のメールさえ高価な衛星経路を通る状況を見た Gaurab は、仲間とともに 2002 年に Nepal Internet Exchange を設立した。
  • APNIC の名簿は、2011~2022 年の理事と 2016~2022 年の議長在任を示す。2023 年の議事録には退任への謝意と、Kenny Huang を新議長に選んだ手続きが残る。

メールの宛先がすぐそこなのに、経路はずっと遠くへ向かう。Gaurab Raj Upadhaya が United Mission to Nepal で電子メールの仕組みに携わっていたころ、そんな通信が高い衛星回線を使っていた。APNIC のインタビューで本人が振り返っている。2002 年の APRICOT で Philip Smith と Bill Woodcock に相談し、ネパールの技術者仲間と Nepal Internet Exchange、npIX を設立した。国内のネットワーク同士が国内で出会えるようにする。問いは簡単で、実行は人を集める仕事だった。

交換点づくりの経験は、名刺の肩書きよりも具体的だ。APNIC のインタビューによれば、Gaurab は Packet Clearing House で世界規模の anycast DNS 基盤を運用し、60 以上の交換点から 100 以上のトップレベルドメインにサービスを届ける仕事をした。2002 年の APRICOT では南アジアからの参加者が少ないと感じ、翌年には自ら企画していたネパールの会議を South Asian Network Operators Group の場へ作り替えた。APNIC と Asia Pacific Internet Association が支援したという。研究教育ネットワークの立ち上げにも 2007 年に関わった。どの仕事も、近くにいる人を一つの仕組みに参加させるため、技術と会議の両方を動かしている。

APNIC の歴代理事名簿では、Gaurab は 2011 年から 2022 年まで理事を務め、最後の七年間、2016 年から 2022 年まで議長だった。議長期の最後にも、その「会議を動かす」仕事が見える。2023 年2月、議長として Gaurab は理事会に、選挙に際して中立と均衡を保ち、議論の機密を守るよう求めた。既存の戦略計画で何が機能したかを検証する案件も残っていた。選挙前の規律と次期計画への材料づくりは、長い在任を次へ渡すための実務だ。だからこそ交代の記録がおもしろい。2023 年2~3月の理事会議事録には、12 年の奉仕に感謝する決議 2023-15 がある。全会一致で可決され、本人は棄権した。年次総会の後、Kam Sze Yeung が Kenny Huang を議長に推薦し、ほかに候補者はなく、Huang が無投票で選ばれた。

議事録に劇的な見せ場はない。それでいい。衛星回線への妙な遠回りを見過ごさなかった技術者が、地域の運営機関で長く働き、次の人に席を渡した。交換点も運用者の集まりも、その席も、ひとりの名前の外に存在し続ける。ネットワークの経路と組織の役職。どちらも次の行き先が分かることに価値がある。