要約
- Adiel Akploganが2005年3月にICANNへ送った書簡によると、2月21日から登録データはAfriNICのデータベースに移り、アフリカからの資源申請を同組織の担当者が扱っていた。
- 担当者の訓練、複数国に分けた業務配置、既存RIRによる暫定的な再確認が移管を支えた。ICANNの最終承認は4月8日だった。
決議を待つ間にも申請は届く
新しい組織に仕事が移った瞬間は、式典の写真より受信箱に表れる。2005年3月13日にAdiel Akploganが署名した書簡は、AfriNICを第5の地域インターネットレジストリとして正式に認めるようICANNに求めた。その中にはもっと具体的な報告がある。2月21日以降、登録データはAfriNICのデータベースに移され、アフリカ地域からの番号資源申請は一つの窓口を通って同組織のhostmasterチームへ送られていた。Number Resource Organizationの緊密な監督は続いていた。
その窓口には準備した人がいた。当時の申請書によれば、2人のhostmasterは2003年末までにRIPE NCCが資金を出したアムステルダムでの6カ月研修を終えている。Akploganは2003年10月にプロジェクト責任者と主要連絡窓口になり、翌年の総会後にCEOとなった。2004年5月、ダカールで開かれた最初の公開政策会議には30カ国から85人を超える参加者が集まった。同年9月にはアフリカの申請について共同審査が始まる。承認を待って手を止める余裕はなかった。
業務の置き場所も一国に集めなかった。法人と管理はモーリシャス、研修と地域への働きかけはガーナ、登録と技術運用は南アフリカ、複製と障害復旧はエジプトに割り振る構想だった。追加の複製設備などは計画段階として書かれている。番号資源の割当判断には、最終承認まで既存RIRから「第二の意見」を受けていた。AfriNICの担当者が申請を扱いながら、経験の蓄積した同業者の確認も残す。制度の移管を実務として進めるための仕組みだ。
ICANNは2004年10月に暫定承認を与え、移行計画の完了を求めていた。2005年4月8日の理事会決議は完了した作業と既存RIRの好意的な評価を確認し、正式承認に至った。Akploganの書簡を読むと、決議の手前で本当に動いていたものが分かる。データ、判断する人、そして翌朝また届く申請だ。
Akploganは2015年にICANNの技術連携職へ移った。だが2005年の書類に残る仕事は、もっと地味で鮮明だ。新しい窓口が次の依頼に返事を出せるようにした。
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