要約

  • Tomoya YoshidaはPhilip Smith、Gaurab Raj UpadhayaとAPNICのprop-061を共同提案した。教材に載せるAS番号を、実在するネットワークから借りずに済ませるためだ。
  • 2008年8月、APNICの政策会合は16ビットと32ビットの両方に文書用番号を設ける案に合意した。12月にはGeoff Hustonが執筆したRFC 5398が刊行された。
  • IANAの登録簿は今も64496–64511と65536–65551を文書・サンプルコード用として予約している。合わせて32個の「例題専門」の番号である。

教材の隣人が本番の隣人になる日

BGPの講義には、架空のネットワークをいくつか登場させたい。図にAS番号を書けば経路が見える。覚えやすい数字を選び、設定例を配れば授業は進む。ただ、その設定を受講者が実機に貼り付けた瞬間、ルーターは「これは演習です」と察してくれない。数字の持ち主が実在すれば、舞台の端から勝手に現実へ連れ出される。

Tomoya Yoshidaは、この舞台裏を知る技術者だった。APNICの2008年の講演者紹介には、OCNのバックボーン設計、相互接続、NTTやJPNICでのIRR業務が記されている。Philip Smith、Gaurab Raj Upadhayaとともに出したprop-061は、その経験に似つかわしい小さな提案だった。教材専用のAS番号を確保し、他人のネットワーク識別子を小道具にしない。

提案の最終版を読むと、当時の小道具選びの苦労が分かる。プライベート番号、勤務先の番号、覚えやすい公開番号、まだ割り当てられていない番号。最後の選択肢には有効期限が書かれていない。空いている番号が後日どこかに割り当てられれば、古い教材の架空の相手に本物の持ち主が現れる。提案者たちは、例をコピーした演習機材が運用網につながる場面も懸念した。仕組みだけで十分に緊張感がある。

境界の両側に十六個ずつ

2008年8月28日のAPNIC 26で、政策会合は16ビットと32ビットの両方に番号を用意する修正を加えて合意した。翌日に第2版が提出される。APNICの経過記録には、8週間の意見募集とRFCを待つ判断も残る。12月、RFC 5398が刊行された。RFCの著者はGeoff Hustonで、謝辞はYoshidaら三人の政策提案を明記している。

IANAの現行登録簿には64496–64511、65536–65551の二つの範囲が文書用として載る。前者はプライベートASNの直前、後者は16ビットの上限を越えたところにある。四オクテットAS番号を教えるなら、その側にも安全な例が必要だ。RFCは運用中のBGP設定で、これらの番号を使う隣接ASとピアを張らないよう求める。教材用という札は、設定の確認まで肩代わりしてはくれない。

Yoshidaたちの案が確保したのは、たった32個。それでも、教科書は実際のネットワークを勝手に配役せずに済む。数字の世界の気の利いた大道具係、と言えば少し褒めすぎだろうか。ルーターの前で教える人には、十分ありがたい仕事だ。

原資料