要約
- SRIの回顧によると、1976年8月、ポートラ・バレーのAlpine Inn近くに置かれた研究用バンから、無線経由でSRI、さらにARPANETへデータが送られた。
- この二網試験は、ARPANET、パケット無線、衛星を組み合わせた1977年の実演とは別の出来事であり、いずれも単独では公共インターネットの採用を意味しない。
バンで確かめようとしたこと
Alpine Innの端末から文字を短いケーブルでSRIの研究用バン内の機器へ送った。車載ノードはそれをパケットに変換し、Packet Radio Network(PRNET)から近くの中継局を経てSRIへ、そこから有線のARPANETへ渡した。SRIの機関史はこの現地試験を1976年8月とし、SRIを介してPRNETとARPANETを接続したと説明する。焦点は「バンがインターネットになった」ことではない。通信方式と運用上の前提が異なるネットワークの境界を、データが越えられるかを試した点にある。
ネットワーク間接続の設計では、それぞれの網が内部のパケット処理を保ちながら、通信を次の網へ引き継ぐ必要がある。交換の成功は、特定の構成でゲートウェイとプロトコル実装が異種網を協調させられることを示した。一方、それだけで大規模運用時の挙動を測ったことにはならず、常時利用できるサービスを立ち上げたことにも、利用資格を定めたことにもならない。
一度の「誕生」ではなく、重なる試験
この計画は段階的に進んだ。Vint Cerfは1980年の最終報告で、TCPの作業が1973〜76年にStanford、BBN、University College Londonで行われ、その後も別の研究開発拠点で1980年まで続いたとまとめている。仕様も実装も途中で変化した。SRIの後年の技術史は、よく知られる三網伝送より前の1977年5月に、PRNETとARPANETをまたぐTCP実演があったことも記している。
1977年の節目には、日付の食い違いもある。1997年のRFC 2235「インターネット年表」は最初の実演を7月とし、その項目をVint Cerfに帰している。Computer History Museumの2007年記念行事の記録は、11月22日を「知られている最初の三網伝送」とする。2007年の口述史でCerfは、報告書に五、六回のネットワーク試験が記されていたと述べ、参加者はどのゲートウェイが通信経路に使われたかを問い直している。これらの資料は7月と11月の差を解消せず、別々の試験だとも断定しない。ただし、1977年にはパケット無線、ARPANET、衛星網を組み合わせる実演が行われ、先行する二網試験から接続範囲が広がったという大枠は共通する。
史料が裏付ける範囲
確認できるのは、1976年のPRNETとARPANETの現地接続、その後も続いたTCP試験、そして衛星網を含む1977年の実演という、複数段階の流れである。これを一つの「公共インターネット誕生」の瞬間にまとめる根拠はない。技術試験の成功は、万人の参加、社会の承認、広範な配備を証明しない。1983年にARPANETがTCP/IPへ移行したという運用上の節目は、1976年に二つの研究網が通信したかどうかとは別の問いに答えている。
この区別が必要なのは、起源の物語が試験結果をサービス開始日に変えてしまいがちだからだ。各実演が何を確かめ、どの網の境界を越え、何を未検証のまま残したのかを問うほうが、歴史を正確に読める。
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