要約

  • FTPのUSERとPASSを使う公開書庫では、anonymousで入り、パスワード欄にguestやメールアドレスを入れることがあった。
  • メールアドレスを伝える慣習はMIMEの参照方法や1994年のFTP URL規則にも入り、書庫で許される操作はゲスト口座の権限が決めていた。

入口に「どなたでもどうぞ」とあるのに、受付端末はパスワードを聞いてくる。初期の匿名FTP書庫では、これは珍しい矛盾ではなかった。利用者はユーザー名をanonymousとし、次の欄にguest、あるいは自分のメールアドレスを入れる。秘密を証明するというより、公開の書庫に名刺を置いて入る感じに近い。端末の質問と、書庫の入場規則が別々の時代の言葉でできていたからだ。

1985年のFTP仕様RFC 959は、ログイン用のUSERとPASSを定めた。個人用の口座も、共用のanonymous口座も、この手続きを通る。書庫の管理者は後者に、閲覧できるディレクトリーや取得できるファイルを割り当てる。アップロードは通常制限される、と1994年の利用案内RFC 1635は説明する。端末が「パスワード」と言っても、実際に通れる通路は口座の権限表に書かれていた。

初心者向けの1992年のRFC 1325は、ユーザー名anonymous、パスワードguestという簡単な手順を紹介し、多くのシステムでは任意の文字列でも通ると記した。これに対してRFC 1635は、guestかメールアドレスを入れるのが一般的で、メールアドレスを明示的に求める書庫もあると記す。著者たちはその記入を、運営者が利用者の様子をつかむための礼儀と説明した。NASA NAICの書庫を使う掲載例では、サーバー自身が完全なメールアドレスを促している。利用者向けの案内に、現場ごとの作法がそのまま残った。

この作法はファイル転送ソフトの外へも広がる。1993年のMIME仕様RFC 1521は、メールの外部本文をanon-ftpで参照する際、anonymousのログインと利用者のメールアドレスに対応するパスワードを指定した。1994年12月のURL仕様RFC 1738も、FTP URLを扱うプログラムがサーバーから求められたとき、利用者のインターネットメールアドレスをパスワードとして渡す手順を書いた。受付での習慣が、別の形式やソフトにも伝わる規則になったわけだ。

「匿名」と名乗って連絡先を書く。この可笑しさは、当時の目的を見れば筋が通る。公開書庫は一人ずつの口座を発行せずにファイルを渡したかった。運営側は利用者について少し知りたかった。書庫によってguestでもよく、別の文字列でもよい。その違いを丸めてしまうと、当時のネットワークにあった柔らかな運用が見えなくなる。

1997年のFTPセキュリティ拡張RFC 2228は、通常のFTPのユーザー名とパスワードが平文で流れることを記し、匿名書庫と秘密の口座情報を盗まれる危険を区別する。同時に、公開ファイルに対しても通信の完全性や保護が役立つと述べる。メールアドレスを入れる欄が秘密の錠前だったわけではない。守るべきものは書庫の権限と、転送される内容にもあった。

匿名FTPは、公開するためにログインの機械を借りた。受付の文句は昔のまま、意味だけが変わった。書くのは秘密の合言葉ではなく、来訪の気配。入ってよい棚はサーバーが決める。開いた扉の前に残ったパスワード欄は、当時のインターネットが技術と礼儀をどう継ぎ合わせたかを物語る。