要約
- ARINの2001-6は、一つの組織が複数の実際に独立したネットワークを運営する場合のアドレス申請経路を定め、2002年に実施された。
- 原案を書いたと自ら述べるAndrew Dulは2011年、単に経路を集約したくないだけの網まで対象にする解釈に線を引いた。
同じ会社の拠点だから、片方の余ったIPv4アドレスをもう片方へ社内便で送れる。そんなことはルーターに言っても通じない。地理的に離れ、規制で相互接続できず、共通のバックボーンもない場合がある。Andrew Dulが関わったARINの「複数独立ネットワーク」規定は、その運用上の裂け目を住所台帳に反映させる試みだった。
ARINに残るPolicy 2001-6には、採択と2002年の実施が記されている。対象は寄せ集めの企業連合ではなく一つの組織で、少なくとも二つの独立したマルチホーム網を持ち、分離を必要とする理由を示す。文面はデータ伝送上の規制、地理的距離、別の自律システムを例示し、網ごとの割り当てと利用の記録も求めた。「独立」と申告するだけで住所が増える仕組みではなかった。
当初の数字も厳しい。最後にRIRから受けたブロックと全保有分について利用率50%超、特定の網に追加する際はその網の各ブロックについて80%超という条件があった。これは2001年の条文に載る数字で、現行の審査基準として転記するものではない。片方の拠点だけが急成長すると、会社全体の平均が需要を隠す。2004年の会議録でDulは自分を元の規定の作者と呼び、小さな網が開始時に50%へ届きにくい問題への修正を支持した。別の参加者は、規制で製品網を相互接続できない実例を挙げている。
ところが抜け道は広げたくなる。2011年の公開会議記録でDulは、自分を「複数独立ネットワークの男」と紹介した。想定していたのは共通バックボーンがない組織、規制上トランジットできない網、別々のASを使う構成だという。集約したくないという選択だけでは、原案の範囲に入らない。そこまで認めれば、どんな網でも独立だと言えてしまう。会議での発言は本人の意図の記録であり、審査の根拠はその時点で有効な規定にある。
後年、別の人々が文章を手入れした。ARINの2025年1月理事会議事録はIPv4とIPv6の該当節の明確化を採択し、読みやすさと用語の整理が中心だと説明する。ARIN 54では51人が賛成した。NRPM変更履歴によれば新版は同年3月4日。Dulがこの改稿を執筆したわけではない。本人が席を離れた後も、例外が何を救う規定なのかを文章で引き継ぐ作業は続いた。
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