要約

  • Veronicaが検索したのはGopherメニューの見出しで、結果は選択可能な項目として返された。ファイル本文は検索していない。
  • 1994年には、ネバダでのデータ収集と、8つの公開拠点での検索提供が別の機能になっていた。
  • 発見範囲は広がった一方、索引対象、命名の質、更新時期、掲載除外は運営者と公開元に委ねられた。

検索結果が何千件あっても、検索システムが文書を一つも読んでいないことはあり得る。1990年代初めのGopher利用者にVeronicaが提示したのは、そうした仕組みだった。サーバーのメニューに表示された項目名を検索し、一致する項目をメニューとして返す。利用者はそこから選び、元の情報へ進めた。ファイルを中央に集めずに、ネットワーク上の情報を探しやすくしたのである。

Steve Fosterは1992年11月17日の発表で、急拡大するGopher空間の発見しにくさに対する実験的なサービスとしてVeronicaを紹介した。発表時点で258台を索引化し、500台以上を見つけていた。最初の一台では需要を支えきれなくなると予想し、将来はサービスを分散すると述べている。何を検索しないかも明確だった。Veronicaが索引化するのはメニュー上のタイトルであり、各サーバーが保持するファイルの全文ではない。それでも結果が役に立ったのは、単なるホスト名の一覧ではなく、Gopherクライアントでそのまま開ける項目だったからだ。

プロトコルを見ると、この違いが分かる。1993年3月のRFC 1436は、Gopherのタイプ7検索トランザクションを規定している。クライアントがセレクターと検索語を送り、サーバーはメニューを返す。RFCがこれを「全文検索トランザクション」と呼ぶのは、Gopherサーバーが本文索引を実装する場合も想定していたためである。この一般的なプロトコル名を、Veronica固有の検索範囲と混同してはならない。1994年の利用案内と運営者文書は、通常のVeronica検索が項目タイトル中の語を照合すると説明していた。ディレクトリーやファイル、画像の見出しは見つかるが、別のサービスが索引化しない限り本文は対象外だった。

単純な検索画面の裏では、二つの仕事が分かれていた。収集プログラムはアクセス可能なGopherメニューをたどって索引データを準備し、そのデータセットを配布する。検索サーバーは、クライアントから届くタイプ7要求に応答する。Veronica開発者のSteven Fosterが編集した1994年2月の状況報告によれば、収集と準備はネバダ大学システムで行い、データセットを他のVeronicaサーバーへ配布していた。1993年7月以降、研究ネットワークや北米・欧州の機関に支えられた8拠点が一般向け検索を提供していた。同報告は、1994年2月の公開サーバーで約120万件の検索が行われ、多くは20秒以内に処理されたと推計する。これは当時の運営者による推定で、独立監査された通信量ではない。

規模は短期間に膨らんだ。1994年の状況報告は、約2,500のインターネットホストに3,200台超のGopherサーバーがあると数えている。FosterのFAQでは、1994年6月に約5,500台から約1,000万項目、11月には約1,500万項目が索引化されていた。1995年1月には5,057台のGopherサーバーに加え、Gopherメニューから参照されるWebやTelnetなど約5,000の他種サービスも記録されていた。時点と分類が異なるため、単一の合計として足し合わせることはできない。ただし、タイトル索引がGopher外の情報へも道を開いていたことは分かる。

索引は、すべての情報を等しく見つけやすくしたわけではない。FAQによれば、新しいサーバーは月次収集のタイミングを逃すことがあり、障害やアクセス制限で収集できない場合もあった。管理者はサーバー全体を除外したり、制御ファイルで特定のメニューだけを索引化したりできた。これは運営者の判断を残すが、検索に出ない理由が、未収集、到達不能、タイトルの語の違いのどれなのかを利用者には見分けにくくする。検索案内は論理演算子や項目タイプによる絞り込みを用意した一方、初期設定では結果は最大200件だった。ありふれた語を入れると、巨大な索引が再び選択の負担を生んだ。

複製には更新時刻のずれも伴った。Fosterの検索案内は、理想的にはどのVeronicaサーバーも同じ結果を返すが、実際には索引更新時刻が異なり、答えに差が出ると説明する。負荷とネットワーク状況は応答時間にも影響した。検索拠点を増やしても、共有データセットを作るネバダ側への依存は残った。ただし中央で収集することは、中央が各公開元を支配することを意味しない。Veronicaは到達できるメニューをたどり、管理者の除外指定を反映した。

歴史的に重要なのは、この折り合いである。Veronicaはネットワーク規模の発見機能を加えながら、元の情報を所有するとは主張しなかった。共通の検索要求から複数機関の項目を見つけられ、ファイルは各サーバーに残り、メニューを索引化させるかどうかには公開元の選択が一部残った。数十年後のNote 64は、共通仕様と現場の運用の境界を考えるための解釈枠になるが、Veronicaについての史料ではない。同時代資料が示す交換条件はもっと具体的だ。検索できる見出し、配布された索引の複製、そして公開元へ戻る道。収集とタイトルによって見えるものしか探せないという制約は、全文検索を装った欠陥ではなく、設計の一部だった。

出典:Fosterによる1992年11月17日の発表、RFC 1436、RFC 1580、RFC 1689 / FYI 25、RFC 1739、Veronica FAQ 前編、後編。