要約
- 1996年、ゲジラ大学のGreenNetメールノードはロンドンから定時に呼び出された。翌年5月、NSN経由の国外Pingが
sudanet.netに到達した。 - 農業情報に関する政府報告書は公開インターネット接続を1997年10月開始、加入者を250人と記す。一方、後年の資料はSudanetの設立時期と国際ネットワーク導入時期を別の日付で示す。
ある国のホストから初めて応答が返ることは、明確に観測できる技術上の出来事だ。しかし、その一点に多くを語らせすぎることもできる。スーダンの記録には、大学のメール中継、国外から観測されたIP経路、報告書に記載された一般向けサービスが並ぶ。互いに関係する段階ではあるが、資料は共通の開始日を示していない。
ここで確認できる最初の接続は、双方向に閲覧できるインターネットではなかった。1996年春、ワド・メダニのゲジラ大学ノードがGreenNetの蓄積転送型メール網に加わった。大学とロンドンのノードがメッセージをやり取りし、ロンドン側が一日に二度、大学ノードを呼び出した。5月の記録は実験的なサービスと位置付け、学術用途に限っている。電話回線の品質が懸念され、保健・教育分野の連絡改善が目的とされた。6月の更新ではノードの設置が確認され、ロンドンからインターネットへ、またインターネットからメールを中継していた。この定時中継は国境を越える有用な通信路だったが、利用者がその場でウェブを閲覧できるダイヤルアップ接続ではない。
国内側の経路は不安定だった。11月、プロジェクトの調整役は電話回線の状態がよりよいハルツームへサーバーを移すと伝え、メールサービスがその時点で停止中だと報告した。この記録は移転と中断を示すが、再開時期や計画された拡張が実現したかは記していない。成功した節目だけを並べた年表では、この停止期間が消えてしまう。
次の証拠は具体的だが、範囲は限られる。1997年5月22日、Mike Jensenはネットワーク関係者に、スーダンが「ようやくネットにつながった」と伝え、NSN経由でアクセスできるwww.sudanet.netを挙げた。3日後、Network Startup Resource CenterのSteven Huterが同ホストへのPingとtracerouteを記録した。7パケット中6つが返り、観測上の損失率は14%、平均往復時間は約716ミリ秒だった。経路は米国からシアトル、Verio、MAE-West、NSNを経てSudanetのアドレスに到達していた。
これは、その日に測定地点から特定ホストまでIP経路が機能していたことを示す強い証拠だ。スーダン国内の利用者数調査でも、国内の電話網試験でも、家庭や大学が安定した接続を契約できた証拠でもない。Pingが答えるのは、「この観測地点から送ったパケットはその宛先に届き、戻ってくるか」という問いである。販売の有無、料金、利用者の体感品質、地理的な到達範囲は別の問題として残る。
スーダン農業・天然資源・畜産省向けの報告書は、別の運用面を記録している。コンサルタントの調査期間は1997年9月11日から10月18日で、国連食糧農業機関(FAO)が1998年2月に報告書を発行した。報告書によれば、Sudanetは1997年3月に設立され、NSNがインターネット接続を提供した。準備には衛星地球局、サーバー、ルーター、ダイヤルアップ網が含まれた。一般向けサービスは1997年10月に始まり、ウェブ閲覧、電子メール、ファイル転送、NetMeeting、チャットを使う加入者は250人だったという。
同じ報告書は、この数字を全国の総利用者数と解釈しないよう促す。調査対象は農業関連の文書・研究機関だった。訪問時点で、調査対象の情報部門にはインターネットも電子メールも設置されておらず、オンライン接続は省と農業研究公社の目標にとどまっていた。つまり、報告書は250人の加入者がいる公開サービスを記しながら、訪問した機関には自らの業務に必要な接続がまだなかったとする。「公開サービス」の開始は、組織間で均等に利用可能になったことを意味しない。
後年の説明では、さらに別の日付が現れる。2003年、Sudatelのネットワーク担当者がSudan Internet Societyを代表して行った発表は、Sudanetが1996年に128 kbpsでインターネットを導入したと回顧する。Sudatel自身のサービスは1998年初めに265 kbpsで始まり、同年6月の合意によってSudanetが国内唯一のISPとなったという。さらに1999年11月には、SudatelがEMIXから2 Mbpsを受ける国内唯一の接続拠点となり、既存インフラを使って他の事業者、企業、大学にサービスを提供し始めたと説明する。後年のスーダン中央銀行報告は、Sudanetの設立を1996年12月、国際ネットワークの導入を1997年3月としている。
これらは、会社の設立、国際回線の開通、技術的な導入、小売サービスの開始、卸提供契約といった異なる節目を指している可能性がある。資料はその関係を説明していない。2003年の発表にも合意書や当時の運用記録は添付されていない。最も整った日付をひとつ選ぶより、食い違いを記録に残すべきだ。
最後の同時代資料は、ネットワーク図がサービス保証ではないことを示す。1999年11月、NSNの担当者はNSRCに、Sudanetの回線は少なくとも一か月停止しているようだと伝えた。SudanetとNSNが問題に対応中で、安定したインターネットサービスの開始時期は不明だとも述べた。これは当該回線についての観測と、その時点での事業者の見立てであり、スーダンの全サービスが停止した証拠ではない。しかし後年の発表がいう1999年11月の接続拠点とは、簡単には整合しない。資料はこの緊張を解消していない。
「接続済み」はここで複数の状態を指す。メールが定時に国境を越えること、ルーターが外部プローブに答えること、ISPがアクセスを売り出すこと、機関が回線を得ること、その回線が継続して使えること。一つのパケット経路はそのうちの一つを確実に示すが、他の証拠には代わらない。スーダンの初期インターネット史は、部分的に重なり合う経路・サービス・運用上の説明を、それぞれの中断や未解決の日付とともに読む必要がある。
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