Summary
- IANAの現行記録は.siの登録日を1992年4月1日とする。ARNESは5月7日に設立され、その後、登録機関の役割を担ったと説明している。
- ARNESの後年の回顧は、.yuで使われていた名前の一群が1992年末ごろ移ったと伝えるが、すべての名前が一斉に移ったことを示す記録ではない。
ARNESの後年の説明によると、当初スロベニアが望んだ「.sl」は、すでにシエラレオネが登録していた。スロベニアの研究機関や大学は、ユーゴスラビアの「.yu」配下にすでに名前を持っていた。後に選ばれた「.si」は、空の名前空間ではなく、実際に使われていた組織名を引き継ぐことになった。
「1992年、スロベニアは国別ドメインを得た」とだけ書くと、短い年表に隠れた制度の順序が消えてしまう。ARNESは2022年の記念記事で、.siが1992年4月1日にIANAのルートへ正式に記載されたとしている。IANAの現在の委任記録にも同じ登録日が載る。5月7日には政府令によって、スロベニアの学術・研究ネットワークARNESが設立された。同機関は、国内のコンピュータネットワークにおけるアドレス空間の管理が任務の一つだったため、自らが.siの登録機関になったと説明する。
ルートゾーンにトップレベルドメインが載ることと、その下の名前を管理する国内機関が法的に成立することは別の出来事だ。前者は共有DNSに新しい名前空間を加える。後者は、登録データベースや運用責任を引き受ける組織を置く。公開された日付では、.siの登録はARNESの成立より36日早い。4月1日にARNESが後年の説明どおりすべての登録業務をすでに行っていた、あるいは当日の各操作を誰が担当した、とは資料から確認できない。
.si以前、スロベニアではユーゴスラビアの国別ドメイン.yuが使われていた。ARNESによれば、.yuの管理拠点はリュブリャナのヨジェフ・ステファン研究所にあった。ARNESの当時の所長Marko Bonačは、2022年のインタビューで、既存の名前が1992年末ごろに.yuから.siへ移されたと回想した。最初の一群は十件ほどだったと思う、と述べて名前を列挙している。これは当事者の三十年後の回想であり、当時の移行台帳ではない。すべての.yu名が同時に移ったとも、十件が一つの処理で変更されたとも言えない。
ドメインの誕生日は、インターネット接続が国全体に広がった日でも、ウェブが始まった日でもない。ARNES自身、.siの30周年はスロベニアのウェブ30周年を意味しないと記し、最初のスロベニア語ウェブページを1993年11月としている。ルート記録だけでは、1992年4月に何校、研究所、個人が接続されていたかもわからない。
年表は三段階で読むのがよい。まずルートへの登録、次に国内登録機関の設立、さらに既存名が新しい名前空間へ移ったという後年の証言である。それぞれが示すのは、世界共通のルート、国内の管理責任、組織が実際に使う名前という異なる層だ。一つの「誕生日」にまとめないことで、インターネットの名前が制度と運用を経て定着した過程が見える。
出典:ARNESによる.siの30周年記録;ARNESの設立と登録機関の役割;IANAの.si委任記録;スロベニア文化省のARNES紹介。
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