要約
- Muellerらの2012年研究は、単一の公開台帳がない状況で、複数のRIR記録、Whois、破産資料を組み合わせてIPv4移転を調べた。
- BGPスナップショットは経路の見え方を示すが、売買の成立、アドレスの必要性、サービス継続をそれだけで証明するものではない。
市場の規模を語る前に、何を一件と数えるのかを決めなければならない。IPv4アドレスの移転では、この前提が簡単ではなかった。地域インターネットレジストリ(RIR)ごとに公開情報の粒度が違い、企業買収による名義変更と市場での売買が同じ一覧に並ぶこともある。ネットワーク上の経路が見えたとしても、そこで分かるのは一時点の到達可能性の一部にすぎない。
Milton L. Muellerは、まず制度やインセンティブの側からアドレス移転を論じていた。2008年の論考では、転送政策と希少資源の再配分を検討している。2012年にはBrenden Kuerbis、Hadi Asghariとともに「Dimensioning the Elephant」を発表し、議論を実証データへ進めた。資料源は破産裁判所の記録、RIR統計、Whoisと過去の登録情報、各RIRが公表した移転リストである。題名の「象」は、どれか一つの台帳から全体を見渡すことができないという問題を指している。2008年の論考と2012年の研究を並べると、制度設計の問いを、記録の照合によって検証する仕事へ移したことが分かる。
論文が記した当時の公開状況は地域ごとに異なっていた。RIPE NCCには公開の移転イベント一覧がなく、ARINのリストには政策に基づいて移転されたブロックが載る一方、売り手・買い手・日付・価格は直接掲載されていなかった。そこで研究チームはWhoisや「Whowas」の記録と突き合わせた。APNICのログは移転元、移転先、有効日を示す情報が多かったが、売買だけでなく合併や社内再編も含んでいた。チームは関係企業を調べて分類したものの、市場移転と断定できないケースが残った。これは研究が扱った時点の記録方法についての説明で、現在の各RIRの運用を述べるものではない。
数え方にも複数の単位がある。契約上の取引、移ったアドレスブロック、そこに含まれるアドレス数は別々だ。一度の契約に複数のプレフィックスが含まれる場合もあれば、企業内の再編で登録組織だけが変わる場合もある。研究者は同じ日付・同じ組織間の複数ブロック移転を一件として扱うことがあったが、三者・四者が絡む複雑なケースではその前提が崩れる可能性も記していた。数値を比較するには、この分類規則まで読まなければならない。
経路観測では、Asghariが作成したPyASNライブラリを使い、RouteViewsが保存するBGPダンプから/24単位でASの情報を調べた。対象期間は2010年1月から2012年7月までで、観測は6か月ごとに行われた。つまりこれは保存されたルーティング表の定期的な標本であり、パケット量、利用者数、将来の用途を測った調査ではない。ある時点で経路が見つからなくても、広告されていない、フィルタリングされている、予約中である、または収集範囲外という可能性が残る。
Nortelの破産資産をMicrosoftが取得した事例は、観測の強さと限界の両方を示す。論文は38ブロックを追跡し、2012年7月までに7ブロック、合計10,496アドレスがMicrosoftから経路広告されていると報告した。著者らはこの結果を、当時のARINの一部の必要性審査が置いていた期間と対比した。しかし経路の有無だけでは、他のブロックに事業上の用途がなかったとは言えない。企業は将来の成長や供給不足に備えて長期的な選択肢を確保することがある。逆に、裁判所の売却資料や登録変更だけで、ネットワーク移行が無事に完了したとも証明できない。論文によれば、Microsoftが結んだ特別契約の詳細は公開されていなかった。
後年のIoana Livadariuらの研究も、BGPの変化から移転を推定する際に偽陽性が多く生じると指摘する。ASの起点が変わる理由は売買だけではない。したがって経路変更は所有権台帳の代用にならず、登録上の移転も運用継続の証明にはならない。
Muellerの価値は、すべての取引を数え終えたことにあるのではない。登録記録、法的な資産処分、ルーティング観測を同じ分析に接続しながら、それぞれが答えられる問いを分けた点にある。Kuerbisとの2013年論文「Buying Numbers」は、これらの資料を必要性審査やIPv4ブロックの権利といった政策課題に結び付けた。イリノイ大学の機関リポジトリは同論文の要旨を公開している。Georgia Techのプロフィールは、Muellerを教授およびInternet Governance Projectのディレクターとして紹介し、研究をより広いインターネット統治の政治経済に位置付けている。
運用者にとっての実務的な教訓は、データを減らすことではない。登録上の移転、法的な取引、経路の広告という三つの観測を区別し、どの証拠がそれらを結び付けているのかを示すことだ。異なる証拠を同じ数字として扱えば、見通しは簡単になる代わりに、信頼性を失う。
出典
- Mueller, “Scarcity in IP addresses” (2008)
- Mueller、Kuerbis、Asghari, “Dimensioning the Elephant” (2012)
- Mueller、Kuerbis, “Buying Numbers” (2013)、イリノイ大学リポジトリ
- Georgia TechのMilton L. Mueller紹介
- Georgia TechのMilton L. Mueller履歴書
- Edelman, “Pricing and Efficiency in the Market for IP Addresses” (2014)
- Livadariu et al., “On IPv4 transfer markets” (2017)
- APNIC 34 Servicesの記録 (2012)
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