要約

  • 1991年10月、ノルウェーの支援で、ヴィリニュスの数学・情報学研究所(MII)とオスロ大学を結ぶ衛星回線が開通した。回線はX.25を使い、初期の電子メールにはX.400が用いられた。この国際接続は、リトアニアの全機関がすでにTCP/IPを使っていたことを意味しない。
  • 1992年には、ヴィリニュスとカウナスを結ぶ64 kbit/sのX.25都市間回線が整備された。LITNETの年表は最初のTCP/IP回線を1993年とする一方、別の回顧資料はTCP/IPとより広いインターネットサービスの導入を1994年としている。
  • 変化は複数の層で進んだ。国際経路、国内回線、メール、IPルーティング、運用資金がそれぞれ必要だった。「接続した」という言葉が指す段階は一つではない。

国境を越える回線があっても、共通プロトコルとは限らなかった

1991年10月、衛星アンテナとX.25回線が、リトアニアの研究者にノルウェーへの経路を開いた。LITNETの沿革は、オスロ大学とヴィリニュスの数学・情報学研究所(MII)の間に回線が設けられ、同月にネットワークが稼働し、秋には最初の電子メール利用者が登録されたとしている。ここから確認できるのは、稼働中の回線と利用者だ。全国規模のIPネットワークができていたという記録ではない。

速度の数字は区別して読む必要がある。ヴィリニュス大学の記念記事によると、衛星回線の公称容量は64 kbit/sで、そのうち9.6 kbit/sがデジタルデータ用に割り当てられていた。残りの容量は電話、ファクス、電信にも使われた。これは個々の利用者が得られるインターネット速度ではない。同記事は、1992年1月にオスロからMIIへ白黒写真を送るのに2時間以上かかったとの回想も伝えている。画像の大きさや転送ログが示されていないため、これは大きなファイルを送る難しさを伝える逸話であり、性能測定ではない。

このネットワークには複数の技術層があった。LITNETの沿革によると、ノルウェーからX.25のネットワーク機器とX.400のメール設備が提供された。X.25は利用可能な回線上でパケット交換を行い、X.400は構造化されたメッセージサービスを担った。この組み合わせなら、接続された各コンピューターがTCP/IPを話さなくても、実用的な通信を行える。後年の資料の一部は1991年の回線を「インターネット接続」と呼び、別の資料はIPベースの運用開始をもってインターネットと記す。どちらも実在する節目を指しているが、答えている問いが異なる。

国際回線の内側にリトアニアのネットワークをつくる

1992年4月、64 kbit/sのX.25都市間回線がヴィリニュスとカウナスを結んだ。LITNETの沿革が挙げる三機関はMII、Vilnius University、Kaunas University of Technologyで、X.25によって接続された。これは国内の調整問題でもあった。オスロへ向かう国際回線だけでは、リトアニアの二都市にある研究用コンピューターは結ばれない。

ノルウェーからはコンピューターとネットワーク機器も供与された。記録には、リトアニア側の技術者や機関チームと海外の協力者の双方が登場する。LITNET制御センターの元責任者Rimantas Kavaliūnasは後年、技術者Zenonas Bedalisが、ソ連時代の通信回線でもデジタルデータを運べることを示したと回想した。これは参加者の記憶であり、独立した回線試験の報告ではない。それでも国内経路の意味は見えてくる。すべてを新設するまで待つのではなく、すでにある回線を使えるようにすることも整備の一部だった。

電子メールにも独自の導入時期があった。MIIに届いた初期設備にはX.400機能が含まれ、LITNET沿革はVilnius UniversityのX.400メールサーバーが1992年9月に稼働したと記録する。これは、その時点で国内全域に公衆メールやインターネット接続があったことを示さない。資料に登場する利用者や組織は研究、教育、公共部門に属し、サービスは機関向けで地域差もあった。

.ltドメインは1992年6月、ノルウェーとオスロ大学の支援を受けて設置された。初期のセカンドレベル名にはmii.lt、ktu.lt、vu.ltがあった。名前もネットワークの一層だが、国別ドメインは回線、メールサービス、IP接続の代わりにはならない。レジストリの回顧によると、.ltの管理は1994年にオスロ大学からKaunas University of Technologyへ移った。ドメイン管理の移管とプロトコル移行は同じ時期に進んだが、それぞれ別の運用判断だった。

TCP/IPは一度の切替ではなかった

現存する回顧資料のTCP/IP導入時期は完全には一致しない。LITNET十周年の沿革は最初のTCP/IP回線を1993年とし、ヴィリニュス―カウナス間の64 kbit/s回線も同年秋としている。初期のIP番号とAS2847の登録についても触れている。一方、リトアニア百科事典とLITNET旧幹部の回想を基にした後年の記事は、1993年に導入準備が整い、TCP/IPの導入・実装は1994年になったと述べる。LITNET自身の年表も最初のTCP/IP回線を1993年に置き、国際インターネットサービスと管理センターの整備を1994年に記す。

慎重に読むなら、試験、最初の回線、機関間でルーティング可能なIPサービス、ネットワーク全体の移行は、必ずしも同じ日には起きていない。LITNETの十周年記録はX.25からTCP/IPへの移行開始を1993年末から1994年初めに置く。LITNET沿革によると、1994年3月からヴィリニュス―オスロ間の衛星回線が国際接続に使われた。通信はノルウェーのUNINETTを経由し、NORDUnetのストックホルム拠点まで64 kbit/sで運ばれ、運用費用はオスロ大学が負担した。端点のプロトコルだけでなく、経路の設計と費用負担もネットワークの条件だった。

したがって、「1994年までリトアニアには何のインターネット活動もなかった」という説明も、「1991年10月の衛星回線で後年の全サービスがすぐ使えた」という説明も、資料からは導けない。X.25とX.400は稼働する通信基盤だった。その上にTCP/IPが加わり、相互接続の範囲と機関の利用方法が広がった。「最初の接続」は節目であって、その後に続くシステム全体の説明ではない。

出典