要約

  • 1998年3月の現地報告は、Telecom Samoaが複数のISPに国際回線への接続を提供するゲートウェイを設置したと記す。
  • 記録が示すのは稼働していた設定と一つの組織利用である。サモアで最初の接続日、全国的な利用可能性、加入者数や信頼性は確定していない。

サモアのインターネット史には、全国が一斉につながったと断定できる日付がない。SOPACの情報技術担当だったLeslie Allinsonは1998年3月の訪問報告で、Pacific Internetが1996年にISPを設けたものの後に放棄されたと振り返る。Lesaの現在の企業沿革も、ISPサービスの開始を1996年としている。ところが2014年の学術研究は、Samoa.netを1998年に始まった国内初のダイヤルアップサービスと記す。試験、継続運営された事業、採算の取れる小売サービス、後年の回想では「最初」の意味が違う。これらを一つの日付にまとめることはできない。

より確かな節目は、1998年3月の共用ゲートウェイである。Allinsonの3月7日から14日までの訪問記録によれば、Telecom Samoaは複数のISPを国際回線につなぐ設備を整えていた。設計上の上限は三社だった。Telecom Samoa自身が商用ISPを運営する考えはなく、複数の小売事業者が使う上流の経路を用意する役割を担った。

接続設定には利用の痕跡が残った

報告書にはSamoa.netの主・副DNS、POP3とSMTPのメールホスト、Webサーバー、ダイヤルアップ番号25300が記されている。利用者が電話回線で入る入口と、名前解決、メール、Webを担う設備は別々だった。加入者数は記録されていないが、報告の総括は、アピア観測所のネットワークが復旧し、衛星画像をSamoa.netへアップロードしていたと述べる。

これは組織による具体的な利用を示す。全国の家庭にサービスが行き渡っていた証拠ではない。また、別のISPにも経路を開く工事が始まる時点で、Samoa.netが既に実用されていたことも分かる。問題は、第二の事業者がどのように同じ国際出口を使えるかだった。

第二のISPが共用ゲートウェイを必要とした

Allinsonは、競争をもたらす第二のISPへの対応としてゲートウェイを説明する。Telecom SamoaはSOPACから機器構成を受け、設置の支援を依頼した。作業後には同社と二つのISPのスタッフが訓練を受けた。つまりTelecom Samoaは国際接続の卸売側を担い、顧客向けのサービスを二社が運営する分業だった。

この構造では、小売ISPがそれぞれ国際回線用の地球局や上流設備をすべて持たなくても、電話接続サービスを販売できる。ゲートウェイは三社までを想定しており、無制限の接続点ではない。後年のサモア国家ICT戦略(2004~2009年)はComputer Services Limited、iPasifika、Lesamoaの三社を挙げ、SamoaTelの国際ゲートウェイ経由で卸売インターネットを購入し、上流容量をまとめて調達していたと説明する。この後年の記述は卸売モデルを理解する助けになるが、1998年の構成がそのまま続いたことを証明しない。

四時間の予定が、実際は十二時間

設置は1998年3月9日月曜日の週に始まった。報告書によると、ゲートウェイは木曜午前5時に稼働した。切替には12時間かかり、予定していた4時間を超えた。遅れの一因は、オーストラリア側のTelstraによる新しい経路表の公開待ちだった。もう一つは、ゲートウェイルーターと衛星地球局へつながるNokiaの多重化装置を結ぶV.35ケーブルで、コネクターの種類と配線図に誤りがあったことだ。

64 kbpsを128 kbpsに引き上げる試みも失敗した。報告書はV.35からX.21への交換を見込むが、交換が実施されたかは記していない。ここで見えるのは速度の数字だけではない。国際側が経路情報を公開することと、現地の物理インターフェースが回線に合うことの両方が必要だった。

「最初」の記録より、出口の記録が明確

2005年のサモア通信政策は、SamoaTelを国際ゲートウェイの所有者と記載する。表ではComputer Services Ltdが1998年設立のISP、Lesa Telephone ServiceがISP(この時点で300加入者)、iPasifikaが2000年設立とされる。ただし、これは後年の行政資料で、過去のすべての試行を記録した運用台帳ではない。Lesamoa自身は1996年にISPサービスを始めたと主張し、2014年の学術研究は1998年のSamoa.netを初のダイヤルアップサービスと呼ぶ。食い違いは残っている。

1998年の現地報告から確実に言えるのは、複数のISPで共用する国際出口を設置し、予定を超えた切替の後に稼働し、アピア観測所がSamoa.net経由で衛星画像を送っていたことだ。一般家庭への普及、低料金、国際経路の冗長性、全国的な単一の開通日は立証されていない。歴史が最もよく記録されているのは、独立した小売サービスが一つの上流経路を共有する仕組みだった。

参考資料