要約

  • 1996年の記録はGAMTELの公衆X.25データ網とCompuServeへのアクセスに触れ、後年のISP業界資料はUUZIPのPOPメール配送を1997年初頭としている。
  • AbukoとカナダのTeleglobeを結ぶ衛星ゲートウェイは1998年に国際接続を広げたが、唯一の「初接続」日や家庭への広範な普及を証明する資料はない。

到来を測る複数の時計

ガンビアのインターネット史は、国際ゲートウェイが開いた1998年に集約されがちだ。この年は重要だが、それ以前のサービスと、ゲートウェイが実際に変えた部分を見えにくくする。データ網を通じたオンラインサービス、定期的なメール収集、より広いネットワークにつながるゲートウェイは関連していても、同じ利用体験ではない。

国際電気通信連合(ITU)の2001年国別報告書は、CompuServeとDelphiを使うサービスが1994〜95年に始まり、1998年まで続いたと記し、その後Gamtelのインターネット基幹網と民間プロバイダーを扱う。この回顧的な年表は有用だが、「サービス」という語だけでは、どのアプリケーションを誰が使えたのかは分からない。Network Startup Resource Centerが保存する当時のメッセージは、より近い時点の限定的な記録だ。1996年11月、Healthnetの参加者はGAMTELが運営する9,600ビット/秒の公衆X.25データ網GAMNETと、最近可能になったCompuServeへのアクセスを説明した。HealthnetとGeisnetは別々のFidoNetネットワークとして記されている。Medical Research Councilの研究所は64キロビット/秒の衛星回線を望んでいたが、当時は資金を探していた。これは計画であり、完成した接続ではない。

経路の違いが重要だ。X.25で特定のオンラインサービスに入れることは、世界のIP網へ常時接続できることと同じとは限らない。FidoNetの利用者はメッセージを蓄積・転送して交換した。資料は各利用者の機器構成までは示していないため、ここでの区別は歴史記録を読み解くためのものだ。現代の分類を過去にそのまま当てはめる趣旨ではない。

メールには時刻表があった

ガンビアのISPが共同で作成した2003年の発表資料は、UUZIPが1997年初頭にPOPメールバッグを始め、ダイヤルアップで30分ごとにメッセージを回収したと説明する。国際回線を常時開かなくてもメールを運べたわけだ。これは中継方式であり、接続がなかったという意味ではない。一方、資料にメール量、加入者数、独立した運用ログはない。利用者数や稼働の安定性は分からない。

同じ業界資料は世界銀行とUNDPが支援したゲートウェイを1998年後半に置く。AbukoからカナダのTeleglobeへ衛星で接続し、国際側512キロビット/秒、国内側2メガビット/秒、各地にアクセスノードを設けたとする。これは報告された容量であって、各利用者が実測した速度ではない。PPIAFの2019年評価は、9月の設置、10月のGamtel小売サービス、11月のQuantumNET参入という順序を示す。後年の国家ブロードバンド政策も、ゲートウェイを1998年9月と記す。いずれも段階的な展開を裏づける回顧資料だが、設置、利用可能化、商用提供は同じ日とは限らない。

変化したこと、分からないこと

ゲートウェイは、事業者や機関に新しい運用面をもたらした。国内の接続から国際網へ出て、さらに国内配送や地域ノードを経由して利用者に届く経路である。サービス設計や機関の接続計画には意味があった。ただし、全地域、組織、家庭が料金を払って使えたことを示すものではない。公称容量も実性能や公平な利用機会を証明しない。

記録から唯一の初利用日を決めることもできない。ITUの1994〜95年、1996年のX.25、1997年のメールバッグ、1998年のゲートウェイは、矛盾する起点ではなく、機能が重なりながら増えた過程かもしれない。家庭普及率、初期利用者名簿、パケット単位の経路記録はなく、MRCの構想した回線が実現した証拠もない。

慎重な歴史記述は複数形を保つ。1998年以前にも一部オンラインサービスへ届く方法があり、定期メール配送が別の利用形態を加え、衛星基幹網が国際接続を広げた。「インターネットはいつ来たのか」と問うなら、サービス、経路、対象者を先に定める必要がある。

出典:NSRC「Gambia networking (11/96)」、ITU『National Report—Telecom Africa 2001』49–51頁、ガンビアISP『The Way Forward』(ITU-D、2003年)、PPIAFガンビア調査(2019年)、ガンビア『National Broadband Policy 2020–2024』35頁。