要約
- 2011年1月27日、エジプト発の経路は段階的に世界のルーティング表から姿を消した。一方、別の観測ではエジプトのアドレスを送信元とするパケットが一部残った。
- そのパケットだけでは、一般利用者が公開サービスへ接続できたことも、双方向通信が成立したことも分からない。
三つの観測手段が答える三つの問い
「インターネット遮断」は、スイッチを切るような出来事に聞こえる。2011年1月のエジプトを測った記録は、もう少し複雑だ。研究者は、世界のルーティングシステムに広告された経路、ネットワーク・テレスコープに届くパケット、能動プローブへの応答を別々に調べた。それぞれが接続性の異なる層を測っている。記録は補い合うが、同じ指標ではない。
研究の基準時点である1月27日20時(UTC)には、エジプト起源のIPv4プレフィックスが2,928件見えていた。最初の変化は20時24分11秒の15件の消失だった。大きな変化はその後に来る。22時12分26秒から約20分で、およそ2,500件が見えなくなった。23時30分時点で残っていたのは176件だった。この数字は急激な変化を示すが、数えているのは経路であって、オンラインの人数、利用可能なウェブサイト、稼働中の家庭回線ではない。
プレフィックスがグローバルな経路表から消えれば、その表を使うネットワークから到達しにくくなる。しかし経路撤回だけでは、現地の端末に物理回線が残っていたか、別経路から外へ送信できたか、特定アプリが使えたかは分からない。逆に、経路が広告されていても、制御プレーンに道筋が見えるという意味にとどまり、パケットの到達を保証しない。
テレスコープに残存トラフィックが映る
二つ目のデータは、未使用アドレス空間宛てのパケットを観測するUCSDのネットワーク・テレスコープから得られた。これは受動的な観測点だ。エジプトの利用者に接続を促すものでも、一般利用者の通信を代表する標本でもない。遮断中、エジプトの送信元アドレスを持つトラフィックは大きく減ったが、ゼロにはならなかった。
この観測は、読み込みすぎやすいからこそ有用だ。エジプトの送信元アドレスを持つパケットが届いたという事実から分かるのは、そのアドレスを使う送信元から少なくとも一つのパケットが経路を通って届いたことだ。プレフィックスが残っていた可能性、着信不能になった後も送信経路だけ残った可能性、スキャンのような非要求トラフィックだった可能性がある。送信者の身元や意図、使ったアプリ、返信を受け取れたかは観測できない。現地の人がニュースサイトを開き、メールを送り、会話を続けられた証明にもならない。
制御プレーンとデータプレーンは食い違うことがある。ネットワークが世界へのプレフィックス広告を止めた後も、一部のパケットを外へ出せる場合がある。受け入れられる戻り経路がなければ、同じ送信元は外部から到達不能なままだ。したがって、外向きパケットの観測と着信の失敗は両立する。「一部のパケットは外へ出た」は限定的な観測であり、「インターネットが利用可能だった」と同じ意味ではない。
能動測定で差が見える
研究者はCAIDA Arkも使った。これはアドレス範囲へ能動的な測定を送る仕組みだ。遮断中、エジプトのIPv4プレフィックスに向けた測定の応答率は約1%で、平常日の約16〜17%を大きく下回った。この低下は、観測点からの到達性が広く失われたことを裏付ける。ただし利用者の接続率ではない。測定対象のアドレス、応答可能なホスト、各プローブからの経路が結果を左右する。
三つの記録を合わせると、単独のグラフより確かな姿が見える。BGPでは大半のエジプト・プレフィックスが世界の視野から消え、能動測定では応答がまれになり、テレスコープではエジプトの送信元アドレスを持つ一部のパケットが外部の観測者に届き続けた。広範で深刻な遮断と、限定的なネットワーク活動の残存が同時に確認できる。そこから「まだオンラインだったエジプト人」の割合を一つに定めることはできない。
研究では2月2日から経路の復帰が観測され、9時56分ごろ(UTC)には2,500件を超えるプレフィックスが再び見えていた。経路表への復帰は広告上の到達性の変化を示す。個々の通信事業者、アプリ、利用者のサービス再開時刻までは示さない。
経路の記録から命令の発信元は分からない
経路の時系列は命令書ではない。研究者は運用者へのリスクを減らすため、ASを意図的に匿名化した。また、撤回の順番から内側の意思決定の順番を推定できないと明記している。時刻付きの列が記録するのは外部から観測されたネットワーク状態であり、内部協議、法的権限、誰が誰に指示したかではない。
政治的な出来事では、この線引きが重要だ。データからは、短時間に大規模な到達性の変化があったと分かる。しかし各ネットワークの判断者や、例外が生じた理由を独立に特定することはできない。グラフから責任を割り当てれば、測定が支えられない主張を載せてしまう。
インターネット設計には、公開・調整された状態と、参加者が実際に動かしているコードや機器を分けて考える見方がある。Heng Luのノート64は、公開された規則が実装済みであることを意味しない、という設計原則を述べる。ここでは測定を慎重に読むための類比としてだけ使う。エジプトについての証拠は2011年の研究にあり、ノートは経路変化の理由を説明しない。
この出来事を「エジプトは完全にオフラインだった」と要約するのも、「パケットが届いたからインターネットは動いていた」とするのも正確ではない。前者は残った経路と通信を消し、後者は限られた痕跡を一般利用にすり替える。より正確な記述は層ごとに分ける。世界から見える経路は崩れ、能動測定の応答は減り、一部の外向き通信は続いた。そして公開測定だけでは、内側の意思決定や個々の利用者の経験は分からない。
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