Summary
- 1995年12月、ブルネイ電気通信局(JTB)はStudent、1、2、3の四プランを提示した。各プランには月額料金と、ドル記号で記された「Free Traffic」の額があり、超過分はピーク時に1分$0.10、オフピーク時に$0.05だった。
- 保存されたメールには通貨も「traffic」の計量単位も書かれていない。確認できるのは提示された料金条件であり、家計にとっての負担、実際の請求額、接続品質、利用者の行動ではない。
BruNetのネットワーク運用センターから送られた一通のメールは、1995年末のブルネイでダイヤルアップ接続がどう値付けされていたかを具体的に示す。1995年12月6日、通信省電気通信局の担当者が、当時Network Startup Resource Center(NSRC)に関係していたSteven Huterへ料金表を送った。冒頭には、加入者が選べるプランは四つだとある。記されているのは単なる月額の違いではない。毎月の固定料金、込みのトラフィック額、そして時間帯によって変わる超過料金を組み合わせた設計である。(NSRC保存のJTBメール、1995年12月6日)
表にあるのはStudentと1、2、3の各プランだ。月額料金は順に$8、$15、$45、$165。「Free Traffic」欄には$30、$30、$96、$384と記されている。ここで単位を取り違えてはいけない。金額にはドル記号が付く一方、表はメガバイトや分数を示していない。これは金銭クレジットなのか、何らかの利用量に割り当てた料金価値なのか、別の請求方式なのか、メールだけでは分からない。確実に言えるのは、各月額プランにドル表示のトラフィック額が結び付けられていたことまでだ。これをデータ容量の上限と読み替える根拠はない。
込みの額を超えた場合、料金はさらに時間で分かれた。月曜から土曜の午前6時から午後6時59分までは1分$0.10。午後7時から翌朝5時59分までは$0.05で、日曜と祝日もオフピーク料金だった。同じ追加利用でも、発生した時刻によって価格が変わる。加入者はプランを選ぶだけでなく、接続する時間も意識することになる。利用者が実際に接続を安い時間へ移した証拠はないが、その誘因は料金表に明記されていた。
加入とプラン変更には別料金もあった。登録は一度だけ$20、プランを変更するたびに事務費$10。つまり固定の月額料金と使用量課金に加えて、利用開始時と選択変更時にもコストが発生した。電話回線の基本料、市内通話料、税、モデムなどが含まれていたかは記録されていない。
通貨は特定できない。メールはすべての金額を$で記すが、ブルネイドル、米ドル、その他の通貨のどれかを明示していない。後年の資料では現地通貨を「B$」や「BND」と表すことがあるが、その慣例で1995年の表にない通貨名を補うことはできない。ここでは記号を原文どおり残し、換算しない。
「Free Traffic」という表現も、現在のデータ容量プランに当てはめるべきではない。アーカイブには表の直前に「2 MB of disk space」に触れたように見える破損行があるが、文意は崩れており、この列の意味を説明しないため根拠にしない。完全な課金仕様が見つからない限り、ドルで示された四つの額をメガバイトの上限として書くのは誤りになる。額が接続時間、データ量、あるいは別の計算方法で消費されたかも不明だ。
BruNetの開始時期も、資料によって異なる。1996年7月の政府紙Pelita Bruneiの記事は、1995年10月10日に正式開設され、学生を含む約2,000人がそれ以降利用していたと伝える。2002年の政府紙は、1995年8月の導入時に加入者は819人で、1999年には13,860人になったとする。後年の情報省の概要は、電気通信局がBruNetを設立した時期を1995年10月と記す。異なる段階を指している可能性はあるが、資料自身は説明していない。日付は出典ごとに示し、一つに統合しない。(Pelita Brunei、1996年7月3日、Pelita Brunei、2002年2月27日、Brunei in Brief)
後年の加入者数だけでは、1995年の価格が手頃だったのか、どのプランが多く選ばれたのか、実際にどれほど利用されたのかは分からない。これらは後の政府資料に記録された利用規模であり、12月のメールは事業者が提示したメニューを示す。料金表は提供条件の証拠であって、需要調査ではない。
ここで見える歴史は、「ブルネイ初のインターネット」を一つの日付で語るより狭いが、接続の商業設計をよく伝える。BruNetは月額の負担、込みとされたトラフィック額、時間帯別の超過料金、登録や変更の費用を組み合わせていた。ダイヤルアップ接続の値段は、月額料金一つではなかった。個々の加入者がどう経験したかは分からない。それでも、どのような規則で接続が提供されたかは記録に残っている。
Sources
- JTBネットワーク運用センターからSteven Huterへのメール「Brunei Networking Update (12.95)」、NSRC所蔵、1995年12月6日:https://nsrc.org/db/lookup/report.php?fromISO=BN&id=890202372774%3A497424156
- Pelita Brunei「Memperkenalkan negara melalui BruNet」、1996年7月3日:https://www.pelitabrunei.gov.bn/Arkib%20Dokumen/1996/JULAI/03%20JULAI%201996.pdf
- Pelita Brunei「Sekilas Tinjau RKN Ke-8: ICT Salah Satu Keutamaan」、2002年2月27日:https://www.pelitabrunei.gov.bn/Arkib%20Dokumen/2002/27%20FEBRUARI%202002.pdf
- ブルネイ情報省「Brunei in Brief」:https://www.information.gov.bn/Media%20Document%20Library/Brunei%20Today/brunei%20in%20brief_FINAL%202.pdf
- Digital Review of Asia Pacific、ブルネイ章、2003/04:https://digital-review.org/uploads/files/pdf/2003-2004/060_064_Brunei_Final_May.pdf
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