要約
- IANAのWHOIS記録では、.btの作成日は1997年7月16日。ブータンが市民向けインターネットサービスを発表した1999年6月2日の約2年前にあたる。
- Bhutan Telecomの2015年の発表は、.btが旅行業者に関係する先行の管理形態から政府へ移り、ITUによる運用を経て、2006年にBTNICへ移管されたと説明する。
ブータンは、多くの住民がインターネットに接続できるようになる前から、世界の名前空間に登場していた。この二つは同じ出来事ではない。国別トップレベルドメインはDNSの名前階層の枝であり、.btの下に名前を置けるようにする。国際回線や電話線、パソコン、加入契約を提供するものではない。
IANAのWHOIS記録は、.btの作成日を1997年7月16日とする。これは登録記録の日付であって、その日にブータンのウェブサイトが公開された証拠でも、公衆向けサービスが始まった証拠でもない。当時ブータン・テレコムに関わっていたJichen Thinleyは、市民へのサービス発表とDrukNetの開設式を1999年6月2日と説明した。ブータン国家統計局の年鑑とITUの国別報告も、インターネットサービスの開始を1999年としている。根ゾーンの名前登録と、利用者が接続できるサービスは別の層だ。
経緯を詳しく伝えるのは、Thinleyが2015年のAPRICOTで行った発表である。彼によると、ブータンがIANAに.btを申請した時点で、すでにブータン人の旅行業者に割り当てられ、英国の会社が運用していた。資料には当事者名も最初の取り決めの経緯もなく、当初の申請書も収録されていない。慎重に言えるのは、この回顧によれば既存の管理形態があり、通信当局がそれを変えようとしたということまでだ。
Thinleyの説明では、.btは1999年5月20日に電気通信局と通信省へ法的に移った。公衆向けサービス開始の13日前である。その後、通信省は同局が運営するBTNICではなく、国際電気通信連合(ITU)に.btの運用を任せたという。資料は2006年に、当時ブータン・テレコムと結び付いたBTNICへ再び移ったと述べる。単純な一度きりの国有化ではなく、段階を踏んだ管理・運用の選択だった。
見つかった資料からは譲渡契約、承認手順、ネームサーバー変更の日付や、各段階の登録者対応は分からない。Thinleyの発表は当事者側の組織的記憶として有益だが、IANAとの原本書簡でもDNS運用ログでもない。2006年については年しかなく、技術移行の詳細も示されていない。
1994年のRFC 1591は当時の考え方を示す。国別ドメインの管理者は、国内と世界のインターネット利用者に奉仕する受託者とされ、管理者の移管は旧組織と新組織の双方からIANAへ連絡すべきだと記された。これは規範上の背景であり、ブータンの各段階がその手続きをすべて満たした証拠ではない。
現在のIANA記録では、情報通信省が管理者で、ブータン・テレコムの担当者が事務・技術連絡先となっている。ネームサーバーにはITUとDrukNetも含まれる。これは1999年の状態を示すものではない。現在でも、ドメインを管理する責任と各サーバーを運用する仕事は別だ。
この話は、ブータンが1997年にインターネットを使えたという意味ではない。根ゾーンの日付から接続の有無は分からない。示されるのは、利用者向けサービスより先に、そのサービスが使う国別ドメインの制度史が始まっていたことだ。
出典
会員向け解説
プロフィールの詳細
適切な会員レベルでログインすると、解説全文と出典メモをご覧いただけます。
Strategic Circle 限定
Strategic Circle
すべての読者に公開されています。参加してログインすると プロフィール解説 を閲覧できます。
Strategic Circle に参加Leadership Alliance 会員限定
Leadership Alliance
対象となる IP 資産の所有者・管理者向けです。ログインすると Leadership Alliance の解説を閲覧できます。
Leadership Alliance に参加
