要約

  • RIPE-81は方針から設定への変換を設計要件にした。1993年資料が示すのは基本的な試作とごく小さな試行で、一般的な導入ではない。
  • 1994年の合意はルーターの記述と設定を分けた。1995年のInformational RFCも全網共通の強制を証明しない。

RIPE-81は1993年2月、欧州に単一の調整中核がなく、ネットワークごとに方針表現が異なる状況から出発した。提案は、方針をRIPEデータベースの構造化オブジェクトにすることだった。明瞭で、一般化でき、検査可能で、実用的であることに加え、ルーター設定ファイルとの双方向変換も求めた。

変換は遠隔操作ではない。データベースに宣言された方針を置き、ツールがCiscoやgated向けのアクセスリストを生成し、運用者が確認して読み込む。実際の設定、BGP広告、通信観測はそれぞれ異なる証拠だ。登録情報だけで後続の状態を証明できない。

Tony Batesの1993年2月22日付メールは、RIPE-81が批准待ちの作業中で、非常に基本的な試作がCiscoとgatedのアクセスリストを生成し、NCCでは疑似データベースを使った「非常に小さな」試行があったと記す。初期のtraceやconfiguratorツールにも触れている。ここから試作の存在は確認できるが、導入網の数や普及率は分からない。自動生成が皆無だったとするのも、小さな試行を広範な運用とするのも誤りだ。

RIPE 18の議事録は、Merit Routing Registry、ルートサーバー、NSFNET移行の文脈を示す。Meritの登録に四つのASを挙げ、Routing Policy Serverのベータ版にも触れる。これは会議の一場面で、利用実態の調査ではない。方針を共通形式で交換しやすくしても、契約や機器の判断は各運用者に残った。

inet-rtrオブジェクトはルーターのインターフェースとピア関係を記述し、PRIDEなどのツールに使う構想だった。1994年9月の議事録は、これをルーター設定に使わない合意を記す。この制限は記述用オブジェクトの用途を定めたもので、別の方針情報から設定候補を生成できることとは両立する。

RIPE-181はRIPE-81を改訂し、RFC 1786は1995年3月にInformational文書として説明を広げた。aut-numとrouteオブジェクト、RIPEとMeritの寄与、登録方針と観測ルーティングを比べるツールが記される。未記述の経路を流すべきではないという文言は設計規範で、全ネットワークに自動適用された証拠ではない。routeオブジェクトはBGP広告ではなく、生成ファイルは読み込み済み設定でもない。

現在のRIPEデータベース史は、Internet Routing Registryの成立を1995年とし、後のアドレス割当情報との分離を説明する。これは後年の回顧であり、試作から一般利用までの空白を埋めない。分かるのは、方針の表現が育ち、初期ツールが生まれ、装置を誰が設定するかという境界も議論されたことだ。Heng Luの「The Policy Mirror」は記録の意味と強制力を問う解釈枠で、RIPE史の証拠ではない。登録簿はフィルター案を作れても、適用を決めたのは運用者だった。

出典