要約

  • RIPE NCCには、会員間紛争のための仲裁手続き(RIPE-844)と、規約違反会員に対する30/60/90日(最長120日)のSSA終了梯子(RIPE-578、現行はRIPE-858)という、文書化された段階的措置装置が存在し、どちらも実際に稼働して裁定や処分の記録が公開されている。
  • 公開された仲裁裁定索引(2004〜2022年)は、SSA終了・番号資源の取消登録・転送・請求などを扱うが、第三者からのネットワーク虐待苦情を発端とする事例は一つも確認できない。
  • 事案第20号(2019年6月)では、監査で特定された28会員のSSA終了が一つの裁定にまとめて支持され、事案第22号(2021年4月)では登録データ正確性のレジストリ側義務が認められた。事案第23号(2022年1月)は、逆に条件付きSSA復活を命じ、仲裁人は規定期限を大きく超過したと指摘した。
  • 第三者苦情は、RIPE NCC公表の報告手続きにより事業者のabuse-cメールボックスへ振り分けられ、事業者が応答しない場合レジストリは介入しない。独立測定では、配達可能なabuse-cアドレスの85.9%〜92.8%が苦情に応答しなかった。

動く装置:仲裁手続き

RIPE NCC定款第12.4条は、会員と経営陣の間のSSA決定に関する紛争に仲裁手続きを義務付けている(https://www.ripe.net/publications/docs/ripe-844/)。手続きの要点は次の通りである。紛争はまず文書化し自己解決を試みなければならず、紛争開始から1年以内に仲裁申請書を提出する。仲裁人は仲裁開始から12暦週以内に裁定を伝達しなければならず、これは仲裁人の裁量で延長できる。手続きの文書は番号改訂を重ねており、関連文書[RIPE-840](https://www.ripe.net/documents/4126/ripe-840.pdf)も[仲裁ページ](https://www.ripe.net/about-us/legal/arbitration/)に記録が残る。当事者には裁定伝達から2暦週の遵守期間があり、遵守しない場合で仲裁人を経て有権者に通知された競合する国家裁判所に申し立てない場合、当該当事者のSSAは会員終了手続きに従って終了する。裁定報告書は www.ripe.net に公開され、2016年10月の定款改定(第C.6節)以降は当事者の実名が含まれる。それ以前の報告書は、RIPE NCC自身を除き実名を含まない(https://www.ripe.net/about-us/legal/arbitration/summary-of-arbitration-rulings/)。

公開裁定索引は、年別に整理された事例を「SSA終了」「番号資源の取消登録」「資源転送とその取消」「請求」などの見出しで列挙する(https://www.ripe.net/about-us/legal/arbitration/summary-of-arbitration-rulings/)。2019年の実名付き項目には「虚偽情報の提供によるSSA終了」「虚偽情報の提供による番号資源の取消登録」があり、2020年には「虚偽情報に基づく転送の取消とSSA終了」がある。索引のどこを探しても、第三者の虐待苦情への応答をめぐる事例は存在しない。

動く装置:終了と取消登録の梯子

現行の手続き書であるRIPE-858(「会員の終了、インターネット資源とレガシー資源の取消登録」)は、規約違反に対する段階的通知を定める。初回メールは違反内容、是正義務、違反が続けば3か月でSSAが終了することを伝え、申請処理を停止し会員を資格停止とする。30日後のリマインダーは2か月、60日後の第2リマインダーは1か月を残して終了を告知する(RIPE-578では60日段階に郵便通知があったが、2026年5月7日の改訂で紙の通知が削除された)。90日後に違反が続けば、管理責任者が全登録住所・メールアドレス宛に正式な終了通知を送る(RIPE-578およびRIPE-858)。別の経路は120日まで延び、90日で全サービスが停止される。「無応答」は、番号資源の登録の誤りや曖昧さに関する特定のRIPE NCCメールに反応しないことと定義され、他への応答や費用支払いとは無関係に適用される。

取消登録段階では、会員が4週間以内に応答しなければ、メンテナ状態の変更、RIPEデータベース記録への警告、逆引き委譲の取り消し、ハイジャック疑いに関する上流への照会、関連オブジェクトの削除が行われうる(https://www.ripe.net/publications/docs/ripe-858/)。つまり、レジストリが会員の登録データや義務の不履行を「問題」と認定すれば、報告、催告、停止、終了、取消登録、そして競合する仲裁まで、各段階の文書と記録が残る。

裁定が語る実運用

事案第20号(2019年6月)は、装置が一括で稼働した姿を示す。2018年、RIPE NCCはセーシェル拠点の複数会員に見られた協調的挙動——同一の郵送住所、SSA署名場所に関する同一の返答、ほぼ同一の書類テンプレート——を検知して監査を開始し、SSA第9.4.h条の虚偽情報提供を理由に28会員のSSAを終了した。同一申請者による同一内容の申請は先例を形成するため、仲裁人委員会は28件を一件として処理し、会員の申立てを棄却してRIPE NCCの措置を適正と認めた(https://www.ripe.net/media/documents/arbitration-case-20.pdf)。

事案第22号(2021年4月、Inter Connects Inc対RIPE NCC)では、公証書類の拒否と転送申請の不承認をめぐる紛争で、仲裁人はRIPE NCCがDue Diligence手続きに基づき登録データの正確性を担保する義務と監査権限を有すると判断した(https://www.ripe.net/media/documents/Arbitration_report_22_Interconnects_final.pdf)。

事案第23号(2022年1月、UMOS LLC)は逆方向の裁定である。2つのIPv4アロケーション転送をめぐり、RIPE NCCは公証確認書を求め、公証人に照会したところ、公証人は当該会員と接触したことがなく、翻訳の認証のみを行ったと答えた。仲裁人は虚偽の確定は極めて困難としつつ、レジストリの照会は正当と認めたうえで、条件付きのSSA復活を命じた。元従業員の離脱確認、6か月の転送禁止、少なくとも1年間の追加デューデリジェンスである。仲裁人はまた、手続きが規定期限を大幅に超過したことを明記し、当事者への行動規範の再周知を勧告した(https://www.ripe.net/media/documents/Arbitration_Case_23.pdf)。これは、装置が両方向に機能すること——レジストリの過剰も救済しうること——の証左でもある。

届かない入口:第三者の虐待苦情

対照的に、第三者からの苦情はこの装置に接続されていない。RIPE NCCの公表報告手続きは、苦情を対象事業者のabuse-cメールボックス(Abuse Contact Finder経由)へ振り分ける。レジストリ自体は第三者虐待報告を調査せず、事業者が応答しない選択をした場合には「できることは何もない」と自らのページに明記している(https://www.ripe.net/about-us/support/contact/reporting-procedure/)。梯子の起動条件——規約違反、レジストリへの無応答、監査での虚偽データ検知——のいずれにも、第三者苦情への不応答は含まれない。

この隙間の規模は独立測定で示されている。Mooreらの学術測定(WISCS)では、アドレスが配達可能であっても、abuse-c連絡先の85.9%〜92.8%が虐待報告に応答しなかった(https://tylermoore.ens.utulsa.edu/wiscs16.pdf)。つまり、機能不全は既存の段階的措置機構の上流にあり、その機構は苦情処理には適用されない。

証拠の限界

  • 2016年以前の匿名裁定のうち虐待処理をめぐる事例があるかは、公開実名からは確認できない。
  • 梯子の「無応答」定義が、レジストリの関与なしに虐待メールボックスへ適用されうるかは、公的文書上明確でない。
  • 事案第23号の条件付き復活が持続的救済をもたらしたかは、追跡可能な公的記録がない。
  • 虐待エスカレーションが梯子に達した件数を数える公開カウンタは存在しない。