要点

  • 不適切に移転されたドメイン名を取り戻すには、どんな仕組みが要るのか。Cavalli が参加した GNSO の仕事は、こうした利用者の問題を検討に進めるものだった。
  • その理事会で意見をまとめるには、一方の支持だけでは足りない。13 票対 6 票でも決着しなかった議長選が、合意をつくる難しさを具体的に示す。

自分のドメイン名が不適切に移転されたとき、どうすれば取り戻せるのか。急いで返還する仕組みを作るべきか。移転を取り消すために、さらにルールが必要か。2009 年 7 月、GNSO 理事会はそうした問いを作業グループに託す憲章を承認した。

Olga Cavalli も全会一致の承認に加わった一人だった。解決策はまだ検討する段階にある。それでも、困りごとを誰かの要望のままにせず、組織の仕事として取り上げる決定ではあった。

その仕事をする理事会では、議長を誰にするかも一方の支持だけでは決まらなかった。第 1 回投票で Chuck Gomes は一方の院から 7 票すべてを得た。もう一方では Gomes が 6 票、Cavalli も 6 票。合計なら 13 対 6 だが、必要なのは各院で 60% の支持。まだ当選者はいなかった。

舞台は 2009 年 10 月 28 日のソウル。二院制に再編された GNSO 理事会の最初の会合である。議事録によると、第 2 回投票では Gomes と「いずれも支持しない」が選択肢になった。Gomes は契約当事者側の院で 7 票、非契約当事者側の院で 10 票を得て当選した。その支持者には Cavalli も含まれていた。

なぜ投票先を変えたのか。議事録は説明していない。そこに駆け引きの物語を足す必要はない。この選挙だけでも、片方の院の支持では越えられない境界が分かる。当日に採択された運営手続きは、両候補が基準に達しない場合、先行候補を第 2 回投票に進める仕組みを定めていた。Cavalli は非契約当事者側の院の暫定副議長となり、公式発表にもその結果が記されている。

選ばれた後の仕事が残っている

Cavalli の選任は本人の経歴紹介だけに頼らず確認できる。ICANN の2007 年 9 月の発表は、指名委員会による選任、11 月 2 日の就任、2009 年年次総会までの任期を示す。2009 年 8 月の発表では、2 期目への選任が確認できる。

就任後の行動はさらに具体的だ。ソウルの議長選に先立つ秘密投票の提案に、Cavalli は反対票を投じた。提案は否決された。2010 年 2 月 18 日の会合では、垂直統合を扱う作業憲章の起草チームに参加を申し出ている。説明責任と透明性の審査チームの候補者を評価するチームにも加わった。候補者への推薦手続きを定める動議は、彼女を含む賛成 18 票、棄権 1 票で可決された。評価への参加は、候補者を一人で選ぶ権限とは違う。

同じ会合で、彼女は優先順位を付ける作業が毎週続いているものの、予想以上に時間を要していると報告した。職員からは別途、組織とコミュニティーの資源に負荷がかかっているとの説明があった。手続きが決まっても、準備に必要な時間や人員が増えるわけではない。もっとも、この記録から具体的な商業損失や個人の遅延責任まで導くことはできない。

IGF では何をする立場だったのか

Cavalli の名前は、2007 年の IGF 諮問グループ名簿にも載っている。リオデジャネイロ会合のアーカイブには、同年 9 月のジュネーブ会合と、グループが修正したプログラム案が示されている。ただし、どの修正が Cavalli 個人の提案だったかは示されていない。

この活動を GNSO での投票と同じ種類の権限として数えることはできない。2005 年のチュニス・アジェンダは、IGF を拘束力のないプロセスとし、監督機能もインターネットの日常的・技術的運用への関与も与えていない。議論のプログラムを組む役割と、理事会で動議に投票する役割は別物だ。

この時期の Cavalli を読む手掛かりは、肩書きの数よりも行動の記録にある。選任、立候補、投票、チームへの参加は確認できる。成果はあくまで共同作業として扱う。ソウルで必要だったのは、一つの席や一方の院の全票だけではなく、もう一方の院でも基準を満たす支持だった。