要約

  • 2004年5月24日午後のAFRINIC年次総会で採られた行為は、モーリシャス法人の最終憲法全体の採択だった。現存する同時期の報告は、提案された変更が「出席したすべての会員」により承認・採択されたと記すが、採択本文の確定版、投票資格者、母数、決議文、票決方法、署名記録、届出は示さない。
  • 同じ会議で記録された「登録された正会員7人、出席5人、賛成5票」という数字は、選挙権を一時的に広げる別の決議にだけ属する。憲法採択の票数や分母として転用することはできない。
  • 会社憲法が有効に採択されたなら、その効果は法令の範囲内で会社、会員、取締役、役員の権利・権限・義務を整える私法上のものとなる。それは国家、ネットワーク運用者、資源保有者、利用者、あるいはアフリカ大陸からの政治的授権ではない。
  • AFRINICは私的な帳簿係・調整者にすぎず、主権、処罰権、警察権、訴追権、没収権限を持たない。番号資源の登録と調整を担うことは、アドレス空間の所有権や大陸を統治する権限を生まない。

採択されたのは「アフリカの憲法」ではなく会社の憲法だった

ダカールの場面を正しく読むには、会議の規模や地域的な象徴性より先に、法的な主語と目的語を特定しなければならない。主語は、モーリシャスで設立されたAFRINICという会社の会員である。目的語は、その会社の統治文書である。後年のAFRINIC資料は、2004年2月に以前の細則文書の下で法人化され、4月に会社統治を支える文書をウェブ上で公開し、5月の年次総会で最終憲法を採択した、と説明している。現存する会議報告も、5月23日と24日に最初の公開政策会議が開かれ、24日午後に年次総会が行われたという時間軸を支える。

この一連の記述が立証する中心点は狭く、しかも重要である。年次総会で、会社の統治文書を全体として置き換える提案が扱われ、報告上は提案された変更が承認・採択され、その後は当時ウェブ上で示された憲法によって会社が統治されるとされた。後の承認申請でもAFRINIC自身がその結果を「最終憲法」と呼んだ。したがって、採択行為があったという結論は、単なる推測ではない。

一方、何を一字一句採択したかという問いには、同じ確かさで答えられない。同時期の説明から確認できる変更群は、①保証有限会社への法的形態変更、②TrusteesからDirectorsへの統治用語の変更、③任命枠となる第7の理事席、④理事席番号と選挙順序の四つに限られる。これは全体文書を識別するための境界付き地図であって、各条項の最終文言、法的帰結、賛否の内訳を示すものではない。ここから先の条項分析を付け足せば、保存されていない本文を説明者の推論で埋めることになる。

当日の提案を説明した9ページのスライドは、既存の細則を暫定的なものと位置づけ、モーリシャス法への適合を意識した全面置換を提案している。しかし、それは憲法全文でも、新旧対照表でも、認証済みの採択版でもない。旧用語と新用語が混在する点も、最終結果そのものとして扱えない理由になる。会議報告は細則の説明者をAlan Barrettとし、保存されたスライドはAdiel Akploganの名を掲げる。この相違は、作成者と登壇者の違いなのか、ファイルの帰属なのか、現存資料だけでは解けない。

ここで「最終」という後年の呼び名と、「最終版を同定できる」という証拠上の判断を分ける必要がある。前者は、AFRINICが後に自らの文書をどう位置づけたかを示す。後者には、採択時の完全な本文、日付、版番号、署名、ファイルの真正性を確認できる情報、または登記官の認証といった固定点が要る。後年の一貫した運用は行為の存在を補強しても、失われた固定点を遡って作り出すことはできない。

「全員一致」という言葉には、分母がない

現存する採択記述の核心は、「提案されたすべての変更が、出席したすべての会員によって承認され採択された」という趣旨である。これは、報告者が会員として数えた出席者の中で異論が記録されていないことを示す。だが、投票者の人数、会社全体の有資格会員数、会員の種類、各人の議決権、棄権の扱いは書かれていない。「全員」は強い言葉に見えるが、集合の境界が示されなければ、会社全体に対する割合は算定できない。

ダカールの会議には、公開政策会議の参加者、年次総会の出席者、会社の会員、登録された正会員、当該決議について議決権を持つ会員という、重なり得るが同一ではない集団が存在した。国別の参加も、会社法上の会員資格とは別である。ある国から人が来たことは、その国が会社の憲法に同意したことを意味しない。ネットワーク運用者や利用者が会場にいたとしても、その出席は代理権や投票権の証明にはならない。地域会議へのアクセスは、会社の選挙人名簿でも、大陸の制憲議会でもない。

数字の混同を防ぐ上で、同日の別決議は特に注意を要する。会議報告には、当該会議における選挙参加の権利を広げるための決議について、登録された正会員が7人、その場にいた正会員が5人、承認が5票だったとの記述がある。この5人/7人/5票は、選挙権に関する別の決定の記録である。憲法採択について「5対0だった」「7人中5人が決めた」「71.4%だった」と言い換える根拠にはならない。憲法採択に残る表現は、あくまで母数不明の「出席したすべての会員」である。

参加者数についても、資料間には約80人、85人超、約120人または125人といった開きがあり、約30か国という地域的な説明も見られる。この不一致は、催事全体の規模を復元する難しさを示すが、どの数字も憲法採択の有資格者数にはならない。もっとも大きな参加者数を選べば民主的に見え、もっとも小さな数字を選べば閉鎖的に見えるかもしれない。しかし、どちらの印象操作も会社の会員名簿と議決権記録の代わりにはならない。

残る資料を、役割ごとに分けて読む

同時期の会議報告と、その直後に公開された報告の写しは、日付、会議の順序、採択という動詞、会員出席者の一致という叙述を伝える。これは行為の存在を示す最も近い記録だが、正式議事録、署名済み決議、会員名簿ではない。報告文が簡潔であること自体を違法性の証拠にしてはならない一方、簡潔な報告文を完全な会社記録とみなすこともできない。

保存された説明スライドは、提案の理由と方向を知る手掛かりになる。だが、提案を示す文書と採択された文書は証拠上の種類が違う。スライドに書かれた趣旨から、最終条文を再構成することはできない。まして、かつて参照されたものの現在は確認できないウェブ上の憲法、設立時の以前の細則、後年の統合版を、同じファイルであるかのように連結してはならない。

後年のAFRINICによる承認申請は、2月の法人化、4月の公開、5月の採択という自己説明を提供する。2004年後半のRIR制度圏のニュースレターも、新たに採択された細則と7席の理事会というAFRINICの説明を伝える。これらは、組織が採択後にどのような統治秩序を運用したかを理解する補強材料になる。しかし、申請者自身の回顧と制度的な紹介記事は、5月の決議原本でも独立した適法性判断でもない。

AFRINICの公開する2004年理事会決議の索引には、年次総会に近い時期の理事会行為や暫定理事会の解散に関わる記録がある。そこに会員による憲法採択決議は見当たらない。理事会が後続措置を採ったことは、会員が何をどの手続で採択したかを証明しない。会社の機関が異なれば、権限の根拠となる記録も異なるからである。

モーリシャス会社法の公式統合版は、会社憲法の一般的な私法上の性格を読むために有用である。憲法は法令の範囲内で会社内部の権利、権限、義務を調整でき、法令と矛盾する部分はその限度で無効になり、会社と会員の間および会員相互の間で拘束関係を生む、と理解できる。また、特別決議、登記官への通知、会議通知、定足数、代理、投票、議長の宣言といった論点を調べる理由も示す。ただし、利用できる統合版には改正注記があり、ダカール会議より後に効力を持った変更も見える。そこにある75%や14日という数値を、そのまま2004年5月24日の条文やAFRINICの履行事実として扱うことはできない。

公式資料は行為を立証するが、正統性を自証しない。公式サイトに文書が載ったこと、ICANNの保管資料に申請が残ったこと、RIR制度圏が組織を承認したことは、それぞれ公開、申請、承認という行為を示す。ところが、会社法上の採択手続が満たされたか、大陸の国家やネットワークや利用者が権限を委ねたかは、別の問いである。公的に見える保管場所や組織の肩書は、欠けた会員記録を補完せず、授権の範囲を広げない。

十個の空白は、一つの疑念にまとめてはならない

証拠不足を「記録が不完全だった」の一言で済ませると、何が判明すれば判断が変わるのかが見えなくなる。反対に、空白があるだけで採択行為の存在まで否定すれば、残っている証拠を過小評価する。必要なのは、欠落を個別に保存し、それぞれに異なる立証資料を対応させることである。

識別 確認できない事項 推論してはならないこと
G01 2004年5月24日に採択された完全な最終本文と安定した版の識別情報 説明スライド、消失した当時のリンク先、設立時の旧細則、後年版のどれかを採択本文と同一視しない。
G02 草案から最終版までの新旧対照と個々の修正動議 要約された変更の輪郭から、条文ごとの差分や会場修正を作らない。
G03 通知日・会議日現在の有資格会員名簿、会員種別、各人の議決権 一般参加者、会員出席者、別決議に現れる正会員、参加国を同じ集合にしない。
G04 憲法採択固有の賛否数と有資格者全体の分母 5対0、7人中5人、任意の割合、参加者総数を憲法票決の数字にしない。
G05 通知日、通知先、特別決議文と添付された憲法案 4月のウェブ公開を、各有資格会員への適式な会社通知の証明にしない。
G06 定足数、代理状、棄権、票決方法、投票、議長の宣言 叙述上の全員一致から、これらの手続事実がすべて満たされたと推定しない。
G07 認証済み議事録、署名済み会員決議、登記官への通知と受領記録 理事会決議や後年の制度的承認を、欠けた会員行為の原本の代用にしない。
G08 2004年5月24日に効力を持った会社法の正確な条文と附則 後の改正を含む統合版を、当日の文言そのものと呼ばない。
G09 説明者の同一性 会議報告とスライドの名義の相違を、根拠なく誤記・共同作成・代読のいずれかに決めない。
G10 会議全体の確定参加者数 競合する概数から都合のよい一つを選び、会社の選挙人名簿に置き換えない。

この十項目は、適法だったとも違法だったとも一括して結論づけないための境界である。沈黙は遵守の証明ではない。同時に、沈黙だけで不履行を断定することもできない。採択本文が見つかればG01は狭まり、会員名簿が見つかればG03が狭まり、署名決議と票決記録が見つかればG04、G06、G07が狭まる。どの資料がどの問いに答えるかを分ければ、制度への賛否ではなく、提示された証拠の強さで判断できる。

私法上の効力が生じても、公的な委任にはならない

仮に採択が当時の法令と会社憲法に従って有効だったなら、もっとも直接的な効果は会社内部に現れる。誰がどの権限を持つか、会員と会社が互いに何を請求できるか、役員がどの規律に従うか、内部決定をどのように評価するかが定まる。会社憲法は、法令の上に立つものではなく、法令が許す範囲で内部秩序を具体化する。争いが起きれば、契約的・会社法的・司法的な経路で扱われるべき対象である。

その拘束関係の外側には、別の同意の問題がある。アフリカの国家はAFRINICの会員採択だけで主権を譲渡していない。地域のネットワーク運用者、アドレス利用者、企業、大学、行政機関、個々のエンドユーザーも、会議への参加やサービスの利用だけで政治的代表権を委ねてはいない。会社が広い地域にサービスを提供することと、その地域を代表して統治することは同じではない。

番号資源の登録は、誰がどの番号を一定の時点で利用しているかを整序し、重複や経路上の混乱を減らす調整機能である。そこには専門性と継続性が要る。しかし、記録を管理することは対象物の主権的所有ではない。規則を運用する必要があることも、刑罰を科し、捜査し、訴追し、財産を没収する権能を私人に与えない。AFRINICの正当な内部権限を認めることと、存在しない公権力を付け加えることは切り分けられる。

この境界は、AFRINICを無力化するためではない。むしろ、調整者が信頼され続ける条件を明確にする。登録記録が予測可能で、決定理由が示され、異議申立てが可能で、紛争が適切な法的経路に送られるなら、運用者はサービスに依存しながらも私人の恣意を恐れずに済む。反対に、会社憲法を大陸的な公権力の源と誤解すると、文書上の権限を越える措置が「共同体」の名で正当化されやすくなる。

この古い空白が現在の運用に効く理由

採択記録の品質は、歴史研究だけの問題ではない。会員は、現在の義務がどの文書から始まり、いつどのように変更されたかを知る必要がある。取締役は、自らの権限の根拠と限界を説明できなければならない。取引先や資源利用者は、登録や契約に影響する決定が、どの有効な規則に基づくかを予測できなければならない。裁判所が争いを扱う場合にも、採択版と後年版の系譜がなければ、当事者が異なる文書を「本来の憲法」として提出する危険が生じる。

最初の固定点が失われると、後の慣行が原初の同意と取り違えられる。組織が長年ある方法で動いたという事実は、運用上の依拠や黙認を論じる材料になり得るが、2004年にどの文言が採択されたかを示さない。版の空白を慣行で埋めるほど、のちの変更がいつ、誰によって、どの根拠で入ったかが見えにくくなる。だから、古い文書の復元は現在のサービスを止める行為ではなく、継続性を確かな根拠に結び直す行為である。

判断に必要なのは、AFRINICの存在を全面肯定するか全面否定するかという二択ではない。採択があったこと、記録が不完全であること、内部に私法上の効果が生じ得ること、公的委任は生じないことを同時に保持できる。歴史上の不確実性を明記しつつ、番号登録と日常の調整を継続することもできる。証拠の限界を認めることは、サービスの正統性を壊すのではなく、どの種類の正統性を主張できるかを正確にする。