要約
- AMS-IXの接続設備は、独立協会が1997年に発足する前から使われていた。
- 会員に議決権を与えた制度変更は、接続した全ネットワークが自動的に通信相手になることを意味しなかった。
1996年2月の告知には、増える接続先を受け入れるための設備更新が記されている。交換式EthernetとFDDIを導入し、レイヤー2の機器をSARAに置く計画だった。一方、接続条件も明確だった。新たなプロバイダーは、既存参加者の少なくとも一つとトラフィック交換の合意を持つ必要があった。共通のスイッチは接続場所を用意するが、ネットワーク同士の合意までは決めない。この告知はRIPEのメーリングリスト記録に残っている。
その設備は更新より前から動いていた。同じ告知によると、前身のInternational Backbone Router LANは1993年末からSARA、CWI、NIKHEFの計算機室を結んでいた。また、AMS-IXの正式な設立を1994年2月としている。AMS-IXの2019年年次報告書も、研究機関の集積を初期の土台として挙げ、1994年にオランダの通信市場が開かれた後、商用ネットワーク企業が近隣に設備を整えたと説明する。
同じ地域にあった機能は一つではない。CWIは以前、欧州から米国のネットワークへ向かう重要なゲートウェイを担った。CWIの2003年の回顧によれば、その役割を引き渡したのは1996年で、AMS-IXは隣接するSARAとNIKHEFに置かれた。国際ゲートウェイは外部経路との接続を担い、交換点は参加ネットワークが地域内で相互接続する場所だ。SURFの沿革は、AMS-IXを1994年に始まったSURFの試験プロジェクトとして記録する。これらの記録から、AMS-IXが国内・欧州のバックボーン機能を一度にすべて置き換えたとは言えない。
1996年の告知にはEbone、EuropaNET、EUnet、NLnet、SURFnetが接続先として挙がる。交換式EthernetとFDDIは物理的な接続方法を増やしたが、商用の合意を不要にはしなかった。新規参加者は既存の参加ネットワークと交換契約を結ぶ必要があった。同じレイヤー2設備にいることと、二つのネットワークが実際に通信することは別の事実である。
運用が先にあり、組織の形は後から決まった。AMS-IXの年次報告書は、1994年から1997年まで定期的な技術会合が続き、1996年にSURFnetから独立した組織を作る方針が決まったとする。1997年1月1日、参加者は中立の非営利協会を設立した。接続する事業者は会員となり、総会で投票できるようになった。協会は交換機能を発明したのではなく、すでに利用されていた共同サービスの運営に参加者を組み込んだ。
その後の規模はRIPE 31の議事録で確認できる。1998年9月時点で、SARAとNIKHEFの二つの設置場所、専用ファイバーで結ばれたスイッチ、40の接続ネットワーク(うち24は国際ネットワーク)が報告された。議事録には相当額の加入料と年会費も記載される。これは1998年の状態であって、創設時の数字ではない。会員に投票権があっても、料金が参加可能な範囲を決める。
設立に関わったHenk Steenmanは、AMS-IXのインタビューで、1997年から2001年まで理事を務めたと振り返る。AMS-IXの30周年記事はNIKHEF、SARA、CWI、SURFnet、NLnetなどを関係者として挙げる。一人の発明者というより、稼働中の設備が技術面で広がり、依存する参加者が正式な運営制度を作った歴史である。
AMS-IXは、学術ネットワークから商業ネットワークへ一日にして変わったわけではない。企業は研究機関の場所、機器、運用経験を基礎とする設備に接続した。1997年の協会は、機能を一から作り直すことなく、共同サービスの統治者を変えた。相互接続の継続には運営主体が必要だったが、その主体が発言権を独占する必要はなかった。
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