要約

  • 2001年10月、W3Cの特許ポリシー作業部会は、勧告にRANDライセンスも認めるべきかを決めていなかった。争点は、誰が標準を実装できるか、技術作業に何年も費やした後に特許が障壁となるリスクをどう扱うかだった。
  • W3Cは2003年5月21日に、勧告をRF条件で実装できるようにすることを目指すポリシーを承認した。対象は特定の作業部会の活動に関わる必須クレームであり、会員企業の特許すべてやWeb技術全体ではない。
  • ポリシーはライセンスの約束に、特許開示、期限付きの除外機会、紛争を検討する諮問グループを組み合わせた。例外は残されたが、他の選択肢を尽くし、公開・会員・ディレクターの審査を経る必要があった。

特許をめぐる議論は権利者だけの問題ではなかった

Web標準は、互いに面識のないチームや競合する企業が作るソフトウェアを連携させる。仕様の必須部分に料金交渉や不明確な条件が伴えば、相互運用の見通しは悪くなる。W3Cのポリシー作りは、勧告が共通の参照点になる前に、そのリスクを明らかにしようとした。

論争は「特許か、特許なし」だけではなかった。2001年の草案にはRFとRANDを組み合わせる案があった。同年10月の作業部会記録には、異なる懸念が残されている。RFを支持する側は、料金がソフトウェア配布を重くし、オープンソース実装を難しくし、標準ごとのライセンス状態を分かりにくくすると論じた。RANDの道を残したい側は、有料でしか使えない技術を排除すれば、有用な設計を断念するか、別組織へ作業を移すことになると懸念した。部会は選択について全会一致に至らなかった。

記録には、ポリシーの転換が開発者コミュニティの信頼を損ねるのではないかという懸念もある。ここには制度設計の問題が現れている。会員や一般参加者が今後の勧告を実装可能にする規則を議論する一方で、正式な決定にはW3C会員とディレクターの役割が残った。

2003年ポリシーが定めた条件付きRFの道筋

2003年5月21日、W3Cはディレクターがポリシーを承認したと発表した。会員の支持、作業部会の合意、一般からの支援を得たという。ポリシーの目標は、その下で作られる勧告をロイヤルティー不要で実装できるようにすることだった。各作業部会の参加者は、同部会の成果に関係する必須クレームを、規定の条件に従ってRFで許諾することになった。

W3C会員であるだけでは義務は生じない。作業部会に参加するか、別途ライセンス条件に同意する必要がある。その場合も、参加者が保有するか、無関係な第三者への支払い義務なしに許諾できるクレームに限られた。招待専門家の義務も、自らが管理するクレームだけに及んだ。必須クレームの定義も狭い。勧告の規範部分を実装する際に避けて通れず、非侵害の代替手段がないクレームが対象となる。非規範の記述、仕様に含まれない支援技術、参照によって取り込まれた別の技術は対象外だった。

開示制度はライセンスの約束を補完した。会員組織で関係者が潜在的に必須な特許を実際に認識し、ポリシー上の請求を受けた場合、組織は開示する。W3Cは特許調査を義務づけなかった。開示情報は勧告トラックの進行に合わせて公開されるため、記録として確認できる。ただし、あらゆるクレームを見つけたという保証ではない。

除外と例外が約束の範囲を区切った

ポリシーは特許ポートフォリオ全体の放棄を求めなかった。参加者は、最初の公開作業草案に結びついた期限内に、RFで許諾しない特定の必須クレームを明示し、開示できた。除外しても作業部会に残れる。その後、新しい内容について条件付きの機会も設けられた。期限は統制手段として働く。技術寄稿者は草案で必須となったクレームを示す時間を持ち、他の参加者は勧告が完成する前に境界を確認できる。

開示されたクレームをRFで許諾できなければ、特許諮問グループ(PAG)が対立を調べる。追加情報の収集、クレームを避ける設計、該当機能の削除、作業停止などが選択肢だった。これらを試した後に限り、PAGは特定の技術を別の条件で含める提案を出せる。提案は、なぜ他の方法では作業部会の目標を達成できないか、対象クレームとライセンス条件を示し、公開コメント、諮問委員会の審査、ディレクターの判断を受ける。W3Cはこれを想定外の事態に備える狭い経路として説明した。

こうしてRFの約束には境界と失敗時の手続きがついた。それでも問題が遅れて表面化すれば、再設計、遅延、撤回、まれな例外が起きうる。手続きは不確実性を消すのではなく、標準がインフラになる前により多くを見えるようにする。

ポリシーが解決しなかったこと

2003年のポリシーは、その枠組みに従うW3C勧告の策定における特許処理を定めた。Web技術すべてに特許がないと宣言したわけではなく、すべての実装者に費用が発生しないと保証したわけでもない。仕様に関係しない権利も扱わない。W3Cが掲げた目標だけから、採用への効果を測ることもできない。

2004年2月5日の版は、2003年5月20日の文書からの差分は、プロセス文書へのリンク更新と、電子メール以外での開示を認める事務上の変更だと説明している。2003年の承認と後年の文言変更を混同しないことが重要だ。

この出来事は、標準化団体が共有技術ルールをめぐる権限をどう割り振ったかを示す。参加は特定の作業部会に結びついた義務を生み、クレームと除外は見える記録となり、対立が目標を脅かす場合には限定された例外経路が残った。RFライセンスは目指す条件であって、すべての特許や異論を消す保証ではなかった。

出典:W3Cの2003年承認発表、2003年5月20日の特許ポリシー、2001年10月の作業部会議事要約、2001年のポリシー草案、W3Cの2003年FAQ、2004年2月5日のポリシー。