要点

  • .org の売却で問われたのは、買い手の名前だけではない。表現の自由や利用者データを守る約束を、売却後に誰が実行させられるかだった。
  • 売却案を止めたのは、2020年4月30日の ICANN による同意拒否だ。カリフォルニア州の書簡はその拒否を求めたもので、別の売却禁止命令ではなかった。

.org のアドレスを使う側にとって、運営会社の売買は遠い話に見えるかもしれない。だが、新しい持ち主がデータの扱い方や表現に関わる方針を変えようとしたら、誰が止められるのか。2020年の売却案には、まさにそのための保護策が盛り込まれていた。大事なのは、安心できそうな名前ではなく、その仕組みに何ができるかだった。

売却の対象は、.org の登録管理を担う Public Interest Registry(PIR)。Internet Society が、同社を Ethos Capital に売ろうとしていた。ただし、買い手が会社を取得しても、それだけで .org の運営を続けられるわけではない。会社には ICANN との運営契約が必要だった。

ICANN は2020年4月30日の理事会決議で、会社の支配権が移ることへの同意を拒んだ。根拠は登録管理契約の第7.5条。売却に反対する声を上げるだけでなく、契約に基づく決定を下したのである。

売買を取り消す権限ではなかった

2019年の .org 登録管理契約には、一見すると意外な規定がある。すでに完了した支配権変更を、ICANN は取り消せない。では、何を止められるのか。同意を合理的に拒否する場合、所定の終了条項に従って運営契約を終わらせることができるのだ。

取得した会社は残っても、その会社が .org を運営するための契約を失う可能性がある。買い手にとって、これは些細な違いではない。ICANN の力は、あらゆる買収を無効にできることではなく、事業を支える契約に及ぶことにあった。

もちろん、ICANN にも制約がある。合理的な理由なく同意を拒んではならない。通知や追加情報の扱い、期限と例外も契約で定められていた。「拒否権」と呼ぶだけでは、強さの理由も、その限界も伝わらない。

カリフォルニアの書簡は誰に向いていたか

決議の前に、カリフォルニア州司法長官 Xavier Becerra から4月15日付の書簡が届いていた。宛先は ICANN の幹部であり、内容は同組織に移転を拒否するよう求めるものだった。

書簡はカリフォルニア州の慈善組織に対する監督権限と ICANN の公益目的を挙げ、ICANN と取引承認におけるその役割を調査したと説明している。ここで法人を取り違えてはいけない。カリフォルニア州の非営利法人は ICANN であり、PIR はペンシルベニア州で設立された非営利法人だった。

強い働きかけであったことと、司法長官自身が売却を不許可とする別の命令を出したことは同じではない。理事会は書簡を考慮したが、それだけで結論が決まるとは説明していない。

ペンシルベニア州での法人転換手続きも別に残っていた。ICANN は、現地の裁判所による承認を得た場合には新たな申請を検討する余地を設けた。これは再申請への道を残したのであって、次は必ず同意するという約束ではなかった。

利用者への約束は、どこまで守れるのか

理事会が懸念したのは、非営利から営利への転換、予定された債務、そして .org の利用者コミュニティーを守る新たな仕組みだった。これらは将来に対する評価であり、買収後の運営が失敗すると証明されたわけではない。

冒頭の問いに応えるのが、4月の公益上の確約案だった。設置する委員会に、検閲や表現の自由、登録者・利用者データに関する特定の方針変更を拒否する権限を持たせる。拒否には拘束力を持たせる構想だった。

ただし、止められる決定は限られる。委員会が会社の売却そのものや予算全体を支配するわけではない。利用者コミュニティー向けに提案された基金も、支出には PIR 理事会の承認が必要だった。データに関する方針を守れることと、会社のお金の使い方を決められることは違う。

利用者が確かめたいのは、この境界だ。委員会が一つ増えても、心配している決定に手が届かなければ、その心配は残る。しかも文書はあくまで案であり、売却は実現しなかった。保護策が実際に効力を持ったと示す資料ではない。

当時 Internet Society の最高経営責任者だった Andrew Sullivan は、5月1日の文章で ICANN が本来の役割を越え、政治的圧力に影響されたと批判した。同時に、同意を拒んだのが ICANN であることは認めている。この批判は当事者の見解であり、裁判所の判断ではない。

決定した主体を特定できても、その権限の使い方への異論まで消えるわけではない。.org の一件で明らかなのは、売却の賛否を唱えることと、運営契約を左右することが違うという点だ。両者を分けてこそ、争いの中身を読むことができる。

2026年10月21日訂正:PIR の設立州、カリフォルニア州の介入、Internet Society の反応について記述を修正した。同日に別々の不許可と契約終了が行われたとする、裏付けのない説明を撤回している。元の記事 URL、初回掲載日、会員の閲覧条件は変更しない。