要約

  • KIXPは2000年11月に稼働し、翌月Telkom Kenyaの申し立てを受けて規制当局に閉鎖された。CCKの承認と手続き整備を経て、2002年2月に再開した。
  • 再開時には3社がトラフィックを交換した。性能や費用の改善値は参考になるが、事業者の主張と同時代のOECD報告に基づき、全国的な対照調査ではない。

国内経路、その後の停止命令

ケニア初のインターネット交換点は、政府プロジェクトでも通信事業者の国際ゲートウェイでもなかった。複数のインターネットサービスプロバイダーが、国内の各ネットワーク間でトラフィックを交換するためにKenya Internet Exchange Point(KIXP)を設立した。KIXPは2000年11月に稼働を始めた。翌月、当時の固定通信の既存事業者Telkom Kenyaから申し立てを受け、Communications Commission of Kenya(CCK)が閉鎖を命じた。

この経緯は、二種類の競争の隔たりを浮き彫りにした。ISPサービスは競争に開かれていたが、OECDの2002年報告によれば、Telkom Kenyaは地域・国内・国際の固定設備と専用線を独占していた。ISPは顧客を獲得できても、ネットワークを接続する設備は既存事業者に依存する。国内交換点は一部トラフィックの経路を変えるが、その依存をなくすものではなかった。

交換点の価値は実務的だった。KIXP以前、ケニア国内の二つのネットワーク間の通信が国外へ出て戻ることがあり、米国を経由する場合もあった。国内メールや国内ホストのサイトに国際回線を通すのは、近隣で交換できる通信に余分な経路を足す。OECDによると、当時ケニアのISPは国際上流接続に衛星回線を使っていた。事業者は、KIXPで国内トラフィックを交換すれば遅延と国内通信費を下げられると説明した。

初期の数値は印象的だが、出典と一緒に読む必要がある。OECDは、国内交換前の平均遅延を800〜900ミリ秒、KIXPの初期運用時を60〜80ミリ秒と報告した。国内と国際の専用線料金について、事業者が公開した比較も紹介している。また、KIXP設立事業者は、ケニア人同士の通信が総トラフィックの80%を占めると推定したという。これらは国内経路を求めた理由を示すが、独立監査された全国基準でも、KIXPだけがすべての改善をもたらした証明でもない。

再開には、動作する機器だけでなく制度上の手順も必要だった。ISP Kenyaの最高技術責任者は同時代のメッセージで、広範な対話と適切な手続きの整備を経て、CCKが2001年10月に承認したと記した。KIXPは2002年2月14日に再稼働した。ISP Kenya、SwiftGlobal、UUNETの3社が最初に接続してトラフィックを交換し、10社が接続を申請していた。メッセージは「国内トラフィックを国内に保つ」ことを使命として掲げ、品質、国際回線の混雑、国内アプリへの効果を期待した。これは主催者の目標であり、メッセージが報告した測定結果ではない。

争点はサービスの境界だった。ISP側は、交換点は閉じた利用者グループであり、国際通信は引き続きTelkom Kenyaの回線を使うため、同社の国際独占を侵害しないと主張した。これは事業者側の解釈であり、裁判所の判断ではない。資料が示す結果はより限定的だ。最初のKIXPは停止され、対話と手続きの後に承認され、3ネットワークによる交換が再開した。

KIXPの歴史は、相互接続が技術者のスイッチ一つでは決まらず、運用権利の層にも関わることを示す。ピアリング点は技術的に小さく、地域に役立ちながら、接続規則、設備、許可に依存する。最初の閉鎖は国内交換が不可能だった証拠ではなく、再開も市場自由化の証明ではない。二つの時点が示すのは、同じ機能が動くために変わる必要のあった条件である。

参考資料