要約

  • ARCCが1995年10月に専用のフルインターネット回線を発表するより前から、ケニアの機関は電子メールを交換していた。
  • 新しい回線はARCCが提供できるサービスを変えたが、全国に接続が広がったことを示すものではない。

この転換の時期は、「インターネット」を何と定義するかによって変わる。1995年10月、African Regional Centre for Computing(ARCC)の所長Shem Ochuodhoは、ナイロビのARCCからオレゴンまでの専用リース回線により、ケニアが「フルインターネット」に接続したと発表した。しかし、これは国内の電子通信の始まりではなかった。2007年のCommunications Commissionの調査によると、1992年までにナイロビ大学などで電子メールが利用され、ARCCのダイヤルアップとFidoNetも記録されている。同調査は初期のGopher利用にも触れている。これらはメッセージやテキストを運んだが、フルTCP/IP接続と同じ対話的な到達範囲はなかった。[1]

違いは利用者の待ち時間に表れた。決まった時刻のダイヤルアップで送るメールなら、接続を保ち続けなくても機関同士で情報を交換できる。ただし、次の発信・転送まで待つことがある。Gopherはテキスト主体のメニューと文書を提供した。フルインターネット接続では、リンクの容量と到達範囲の制約は残るものの、ARCCのホストが実行中のTCP/IPサービスに直接参加できる。これは「オフライン」から「オンライン」への一度きりの切り替えではなく、段階的な機能の追加だった。

NSRCが保存する同時代の記録には、発表と返信が残る。Ochuodhoは英国のOverseas Development Agencyによる支援と、米国National Science Foundationが技術者の設置訪問を支援したことに謝意を示した。NSFのSteve Goldsteinは祝意を伝えつつ、当初はUUCPネットワークを構築する予定だと思っていたと述べている。設置を仕上げたRandy Bushは、ケニア側が何年も準備してきたことを強調し、訪問者一人が接続を作ったという英雄譚を退けた。[2] そこに見えるのは、地元の準備、リース回線、海外からの資金、技術支援が運用中のサービスに結び付く制度間協力である。

10月25日のARCCプレスリリースは、何を変えようとしたのかを説明する。長距離電話の料金が高く、リアルタイムの対話的アクセスは難しかった。複数の機関は、それ以前のほぼ4年間、ダイヤルアップ回線で電子メールを提供していたという。ARCCは、KPTC(Kenya Posts and Telecommunications Corporation)から専用線を借り、新サービスを研究・教育・商業向けに提供するとした。[3] これは開始時の目的を述べた文書で、実際の利用者や利用頻度を調べた調査ではない。

回線の説明には未解決の食い違いがある。Ochuodhoの同時代メールは専用リース線の接続先をオレゴンとしているが、後年の『Digital Kenya』は英国までの32 kbps回線と記す。[4] 同日のNSRC記録にあるtracerouteでは、ポートランドから出たパケットが表示上の2台のルーターを経由し、ナイロビのarcc.or.keに到達している。これは特定ホストへのIP経路が動作した証拠であって、リース回線全体の物理経路図ではない。[5] 現存資料だけでは、オレゴンと英国の記述を一つの確定的な回線図にまとめられない。

開通後もサービスの区別は続いた。1996年のNSRC事業者一覧は、公衆データ網、UUCP、FidoNetと「フル対話型インターネット接続」を別に記し、ARCCを1995年11月、Africa Online/Form-Netをその後に載せる。[6] CCKの後年の調査は、初期利用がナイロビに集中し、機器、通話、事業者の費用が普及を制約したと述べる。[1] KPTCの1996年通知は、リース線を使った公衆向けサービスに登録・免許が必要で、制度を準備中と説明する。しかし、それだけでARCCの1995年のサービスが違法だった、または停止したとは言えない。[7]

したがって1995年10月は、長い移行過程の中でサービス能力が変わった時点と見るのがよい。機関メールが先行し、Gopherがテキスト閲覧を広げ、ARCCの専用線が特定地点でフルTCP/IPの対話型サービスを可能にした。ネットワークは、接続が広く、安価で、地理的に分散するより前から存在していた。段階を分ければ、技術者と地域の組織の仕事を認めながら、一本の回線を全国の普及率と取り違えずに済む。

出典

  1. Communications Commission of Kenya, Internet Market Analysis Study(2007年), pp. 33–34
  2. ARCC・NSFの告知と返信、NSRC保存、1995年10月24日
  3. ARCCプレスリリース、NSRC保存、1995年10月25日
  4. Digital Kenya, “The Internet Journey for Kenya”
  5. NSRC接続記録とtraceroute、1995年10月24日
  6. NSRCケニア事業者一覧、1996年4月
  7. KPTC免許通知、NSRC保存、1996年4月24日
  8. NSF歓迎メッセージと設置記録、1995年11月11日
  9. Internet Society, History of the Internet in Africa, p. 21
  10. Internet Society, ケニアのインターネットガバナンス研究, pp. 5–6