Summary

  • 1992年6月15日、Internet Societyの理事会はInternet Activities Boardの勧告を受け入れ、IABとその活動をISOCに移した。理事会はInternet Architecture Boardへ改称した。
  • 8月の憲章は、技術および標準化の職務をIABに与える一方、ISOC理事会に正式な任命・審査権を定めた。その後の作業部会設置要請は、任命、標準化の対立、公平な意見表明の手続きがなお議論中だったことを示す。

この変更は「Internet Activities Boardが1992年にInternet Architecture Boardへ改称した」と一文に縮めやすい。しかし当時の記録は、より広い制度変更を示している。6月15日、日本の神戸で、Internet Societyの理事会はActivities Boardの勧告を採択し、IABとその全活動をISOCに取り込むことを決めた。改称後のIABはISOCの技術諮問機関となる。IETFは標準化と工学の活動を、IRTFは研究を、新しい組織の傘の下で継続することになった。

6月18、19日の議事録は、ISOCの一部となったIABの新しい立場に沿って会議を公開で開いたと記す。同時に、残された作業も記録する。Vint Cerfは重複する標準化活動についてISOC理事会に送る書簡を改訂し、Lyman Chapinは新憲章をRFCとして提出するよう求められた。したがって、移行には正式な決議だけでなく、運用上の接続を整える段階もあった。1992年6月のIAB議事録には、15日の決議と後日の会合で残された作業の両方が記録されている。

3月に発行された標準化手続き文書は、変更前の役割分担を示す。RFC 1310はInternet Activities Boardを、インターネットの設計、工学、管理を調整する主要委員会と説明する。候補となる標準の開発と審査は主にIETFに委ねられたが、最終決定はIESGの勧告に基づいてIABが行った。IRTFは研究を担った。6月には、この一連の活動がISOCの下に置かれ、理事会の名称と憲章が改められた。

8月の憲章は、新しい権限関係を具体化した。RFC 1358はIABをISOCの技術諮問機関とし、アーキテクチャの監督、文書化された手順に基づく標準の策定・承認、RFCシリーズの編集・発行、ISOC幹部への助言、他組織との連絡を職務に列挙する。IETFとIRTFは最初の作業部会とされた。IABの定員は15人以下で、委員は会社や機関の代表ではなく個人として務めると定めた。

個人としての任務は、親組織の正式な権限を消すものではなかった。候補者はIAB、ISOC会長、ISOC理事会、または会員の一定割合による請願から推薦できる。理事会には60日以内に五分の三の賛成で承認・否決する手続きがあった。憲章は委員の交代条件と3年ごとの貢献審査も定めた。IABの議長は、委員の三分の二の承認を得てIETFとIRTFの議長を指名できた。ISOCは事務局機能を支援することになったが、理事会の承認が必要であり、初期運営期間には専用資金の有無にも左右された。

これらは規則上の権限を示す記述であり、理事会が任命、審査、交代の権限をどれほど使ったかは示さない。会員が請願制度を利用したか、IABが日常業務でどれほど独立していたかも、資料からは分からない。議事録が会議を公開と記していることも、全てのインターネット参加者に同等の参加機会や影響力があった証明にはならない。憲章は決定権を配分するが、参加者の実態や結果を測る資料ではない。

未解決の手続き問題は、すぐに表面化した。8月12日、ISOC会長のVint Cerfは、各組織の連携方法を提案するIETF作業部会の設置を求めた。6、7月の議論で挙げられた論点は三つある。IAB委員の任命、標準化をめぐるIETF・IESG・IAB間の対立解決、そして関係者が公平に意見を述べる機会の確保である。要請は、公開の場、電子メールでの意見募集、対面会合を使い、12月の理事会会合までに提案するよう求めた。1994年に発行されたPOISED報告のRFC 1640には、この1992年8月の要請と作業部会の目的が収録されている。

この順序は重要だ。6月の決議でIABとその活動がISOCに移り、8月の憲章で形式的な権限配分が定められ、その後、任命と標準化の手続きを追加検討する段階に進んだ。新名称を、すべての対立や説明責任の仕組みが解決済みだった証拠とみなすことはできない。一方で、作業部会の設置要請だけから制度の失敗を結論づけることもできない。記録が示すのは、公開の場で検討するに値すると当事者が判断した論点である。

憲章はその後も変わった。RFC 1601は1994年に、IABが1992年6月にISOCの構成要素となったことを明記し、RFC 1358を別の推薦制度で置き換えた。その後の方式ではIETFの指名委員会とISOC理事会の承認が関わる。これは後年の制度変更を示す記録であり、1994年の選出規則を1992年に遡って適用する根拠ではない。

1992年の記録から導ける結論には範囲がある。ISOCはIABの技術諮問機能と、その下に置かれたIETF・IRTF活動の母体となり、憲章は理事会、IAB、各作業部会に権限を配分した。組織間をつなぐ実務手続きはなお形成中だった。参加、技術的作業、任命権、標準の最終決定は互いに関連していたが、同一の権限ではない。