要約

  • AFRINICは2005年2月21日にアフリカ地域の完全機能RIRとして運用を開始したが、ICANNの最終承認(4月8日)まではアフリカのLIRが法的にはRIPE NCCの会員のままであり、割当・登録はRIPE NCC標準サービス契約(Standard Service Agreement)の条件の下で行われた [1]。
  • RIPE NCCは2005年12月31日にアフリカ大陸の全会員の会員資格を終了し、同日に標準サービス契約も終了した。未払いサービス料金の請求権と会員データはAFRINICへ恒久的に移転された [2]。
  • 移行は単一の出来事ではなく、2004年9月30日の暫定承認、2005年2月21日の運用切替、4月8日の最終承認、4月27日の権限移転書簡、12月31日の契約終という層状の文書連鎖である。

二重構造の実態

RIPE NCC自身の移行解説ページは、当時の法的状態を明確に述べている。「ICANNのAFRINIC最終承認まで、アフリカ・サービス地域のLIRは法的には引き続きRIPE NCCの会員であり、すべての割当と登録はRIPE NCC標準サービス契約の条件の下で行われた」[1]。つまり、運用上はAFRINICがIPアドレス、AS番号、逆引き委譲の窓口となった2月21日以降も、LIRとRIRを結ぶ契約は依然RIPE NCCのものであった。

この隙間を埋めるために、AFRINICとの新契約が準備された。2005年1月以降、AFRINICサービス地域のLIRにはAFRINIC契約が書留で送付された。ただし重複課税は避けられ、2005年会費をRIPE NCCに支払済みのLIRはAFRINICに2005年分を支払う必要がなかった [1]。これは会計上の調整であり、2005年のRIPE NCC年次報告書はそれを定量的に裏付ける。年末2004時点でアフリカ会員の未経過収益は201 kEURと計上され、受領済みの支払は2005年中にAFRINICへ移転された [2]。

運用切替の詳細

2月21日の切替は宣告されたものだった。RIPE NCCのAxel Pawlikによる2月9日の事前告知は「アフリカ地域向けに完全機能RIRとして2月21日から運用を開始する」と述べ [3]、2月23日の完了告知がそれを確認した [4]。同日14:00以降、アフリカ地域の会員は移行期間中のwhoisレコード更新を控えるよう求められ、移転対象ドメインオブジェクトに関わる逆引きゾーンは同日11:00 UTCに凍結されたため、nserver: の変更は逆引きDNSに反映されなかった [1]。2月22日にはwhois.afrinic.netでAFRINIC WHOISが稼働し、RIPE NCCのLIR PortalはアフリカLIRに対して無効化され、APNIC・ARIN・RIPE NCCホストマスター宛の申請はAFRINICへ転送された [5]。共同評価期間(2004年9月〜2005年2月)には400件超の申請が共同処理された [5]。

承認と権限移転の文書連鎖

法的な枠組みは数段階で整った。ICANN理事会は2004年9月30日にAFRINIC申請を暫定承認し、移行計画の完成と修正申請の提出を求めた [6]。2005年2月21日にはNRO議長(RIPE NCC CEO兼務)とAFRINIC CEOが、最終承認に向けたAFRINICの準備状況についてNROの好意的評価を共同通知した [7]。ICANN理事会は2005年4月8日、決議05.25でAFRINICをアフリカ・サービス地域の正式承認RIRとして認めた [8]。IANAの4月8日報告は、移行期間を通じてAFRINICが既存のRIRサービス契約をAFRINICへ移転する完全な能力を実証したと述べるが、個々の文書や締結日までは列挙しない [7]。

最後の区切りは4月27日である。AFRINIC-2会合(マプト、4月26–27日)でAPNIC、ARIN、RIPE NCCは、それまで各自が担っていた地域部分について、登録・会計文書とDNS管理を含む正式権限をAFRINICへ移転する書簡に署名し、AFRINICは同会合でNRO覚書(MoU)への参加署名により正式メンバーとなった [9] [10]。

データと秘密保持

会員データの移転にも契約があった。RIPE NCCはAFRINICと秘密保持契約(NDA)を締結し、さらに移転データが「RIPE NCCに適用される法律に従って収集・処理・移転される」旨の合意を結んだ [1]。移転対象はアフリカ地域のPA割当・割当てに係るinetnum/inet6num/domainオブジェクトや、関連するmntner/person/organisationオブジェクトなどである [1]。2005年12月31日には未払い料金請求権と会員データがAFRINICへ恒久的に移転され、RIPE NCCは履歴データを保管目的で保持した [2]。

何が残るか

以上を通じて分かるのは、移行が「運用権限」と「契約権限」を別々の日付で引き渡した層状の構造だったことである。当初の標準サービス契約本文、書留で送られたAFRINIC契約、データ移転合意、4月27日の書簡の全文は、公開文書として確認できていない。その存在と範囲はRIPE NCC、NRO、AFRINIC、IANAの各記録を通じた二次的な記述にとどまる。したがって、中間期のLIRの権利義務の詳細——たとえば紛争解決条項がどちらの契約に属していたか——は、現時点では検証可能な一次文書からは確定できない。この文書の不在自体が、後年のAFRINICの制度論争における説明責任の問いと接続する点である。

出典