要約

  • Ostromが「設計原理」と呼んだのは、持続した制度を比較して見つけた共通点であり、適用方法は制度ごとに異なる。
  • その研究はインターネット制度を調べる問いを磨くが、「コモンズ」という呼び名だけで統治の正当性を証明するものではない。

原理を語る前に、問いをほどく

ノーベル賞のインタビューでは、Ostromの1990年の著書 Governing the Commons が、共有資源をどう使うべきかを示す指針として尋ねられる。彼女はその前提を少しずらした。およそ二百年続いた制度を調べ、長く堅牢だった仕組みに共通するものを探したのだという。「設計原理」はその観察を整理する呼び名であり、当事者が最初から同じ規則を意識していたという意味ではなかった。

「長続きした仕組みにはこの特徴が見られた」は、「すべての仕組みにこの特徴を導入すべきだ」に変わりやすい。けれど、前者は知見の報告であり、後者は別の証拠を要する判断だ。Ostrom自身、原理をどう当てはめるかはシステムによって異なると話している。外部機関が特定の紛争解決方式を地域に導入することにも懸念を示し、インタビューではバレンシアの水裁判所を、土地の歴史の中で機能してきた制度として挙げた。ロサンゼルスに同じ制度をそのまま移すべきだ、という例ではない。

これは制度の比較や設計への反対ではない。むしろ、比較を省かないための要求である。どんな問題を扱うのか。誰が資源を利用するのか。書かれた規則と実際の慣行はどう違うのか。条件が変われば、結果もどう変わるのか。こうした問いを飛び越えて制度を移植すれば、知見ではなく類推に頼ることになる。

比較研究を可能にした仕事場

Ostromの研究は、知識が分断されている問題にも向き合っていた。彼女自身のノーベル賞自伝によると、共用資源をめぐる研究は学問分野、産業、地域ごとに散らばり、ある国の漁業や森林を調べる研究者が、別の地域の類似研究を知らないことも多かった。1970年代初め、彼女とVincent OstromはIndiana UniversityにWorkshop in Political Theory and Policy Analysisを設立し、複数分野の研究者が制度とその結果を一緒に調べる場をつくった。

このWorkshopは議論のための会議体にとどまらない。都市の警察機関、灌漑制度、森林を対象に、現地調査、実験、事例比較を組み合わせた。国際的な森林研究についてOstromは、調査対象の国で暮らす研究者との協働を重視したと記している。共通の方法を学びながら、地域の事情を読む担い手が必要だったからだ。比較可能性とは、事例を同一視することではなかった。

この研究の組み立てを忘れると、短い原則リストだけが持ち運ばれてしまう。リストは引用しやすい。しかし、観察の条件、分類の境界、どこまで一般化できるかは一緒に運ばれない。原理は比較の代用品ではなく、比較から得られた要約だった。

「コモンズ」は共有一般を意味しない

Ostromにとって共用資源には、分析上の特徴があった。潜在的な利用者を排除しにくいこと、そして一人が資源単位を取り出すことで、他者に残る量が減りうることだ。牧草地、灌漑、漁業は、公開会議、データベース、パブリックドメインの知識、オンライン上の共同体と同じ問題を抱えるわけではない。

ノーベル賞講演で論じた多中心的ガバナンスも、組織が複数ある状態への賛辞ではない。異なる規模で動く意思決定の中心と制度を調べ、その帰結が生産的か、逆効果を生むかを問う枠組みだ。「多中心」という言葉だけでは、各中心が実際にどれほど自立しているのか、どう関わり合うのか、どの成果につながるのかは分からない。

講演で示された更新版の設計原理は、資源利用者がつくった制度の長期的な存続に関係する要因を整理したものだ。いくつかの要素を採り入れれば成功が保証される、という主張ではない。インタビューでOstromは、人間を常に協力的とも、常に利己的とも決めつけられないと説明している。信頼や互酬性、ただ乗りの誘因は、制度がつくる状況によって変わる。

インターネット基盤との比較に必要なもの

インターネット番号の登録制度は、比較の題材になりうる。ただし、まず何を比較するのかを定めたい。2013年の情報提供文書RFC 7020は、インターネット番号登録制度を説明している。IPアドレスと自律システム番号は桁数が固定されているため割当て対象のプールには限りがあり、割当ては運用者の必要とプールの制約を考慮する。階層的な割当ては経路集約を助け、正確な登録は一意性を守る。一方、実際に経路が広告されるか、どう広告されるかは登録制度の範囲外だ。同文書は、制度の目標同士、あるいは利用者・事業者の利害との衝突も認めている。

これは特定の調整問題を示す資料であって、Ostromが番号制度を研究したことの証拠でも、地域レジストリが彼女のいう共用資源制度にそのまま当てはまることの証明でもない。類比するなら、資源単位、利用者、境界、排除や資源の減耗がどう働くか、実際の規則、説明したい成果を明確にする必要がある。番号登録と、経路制御、レジストリが決めないネットワーク運用も区別しなくてはならない。

調べた結果、役に立つ共通点が見つかるかもしれないし、層ごとに資源の性質や当事者が異なると分かるかもしれない。どちらも「インターネットはコモンズだから、この制度を移植する」という飛躍より、はるかに具体的だ。

原理は判断を代行しない

Ostromの仕事は、共有資源を中央政府か民営化のどちらか一方に任せなくても、共同体が管理できると示した研究として紹介される。単純な二分法を崩した点は重要だ。ただし、彼女自身の説明は、問題と環境に即して制度の多様性を調べることを求めている。普遍的な答えがないことは、あらゆる地域制度が成功する証拠ではない。

インターネット基盤の議論でこの研究を使うなら、証拠の水準を上げるのが最も有益だろう。どの制度を比べているのか。比較の境界に誰が入るのか。取り上げた制度的特徴と成果をつなぐ観察はあるのか。失敗はどう把握するのか。調査は、制度の調整を支持するかもしれないし、類比を否定するかもしれないし、まだ判断できないと示すかもしれない。

設計原理は調査を導ける。しかし、結論への事前承認ではない。この区別を保ってこそ、Ostromの経験的な研究は元の事例を離れても役に立つ。

出典