Summary

  • 1989年の文書はCERN内部の情報管理を扱い、稼働中の公開Webサービスを説明したものではない。
  • Berners-Leeは固定的な階層を越えて記録を結ぶ構想と段階的な調査を示した。Robert Cailliauと共同執筆した1990年のプロジェクト提案は別の段階に属する。

組織が知識を失う仕組み

Webの起源は、ひとつの年と完成した発明に短縮されがちだ。1989年3月の文書は、より具体的な問題から始まる。題名は「Information Management: A Proposal」。人員や実験、計算機システムが入れ替わる大規模研究機関で、得られた知識をどう保ち、どう探すのか。Tim Berners-Leeが論じた対象はCERNの加速器と実験であり、一般向けのページ公開サービスではない。W3Cの転記で本文を読めるほか、CERNは原資料のスキャンを保存している。原資料の記録。

情報が足りないことより、情報が別々の場所にあり、異なる目的で分類され、事情を知る人に依存することが問題だった。階層型の索引は分類先が決まっていれば便利だ。しかし装置、測定、ソフトウェア、実験は複数の研究班にまたがりうる。担当者が去ったり、システムが変わったりすると、記録は残っていても従来の道筋では見つからなくなる。

Berners-Leeは、文書や概念を参照で結ぶ柔軟な情報の集合を提案した。ひとつのノードが別のノードを指せば、両方を固定された同じ階層の下に置かなくてよい。別々に管理されているシステム同士にもリンクを張れる。単に書類棚を画面に移すのではなく、組織やソフトウェアが変わっても情報同士の関係を残す発想だった。

後のハイパーテキストに通じる設計だが、1989年の文章を完成したWebの仕様として読むのは誤りになる。後年の公開サービスを構成するすべての要素も、稼働済みのブラウザーとサーバーも、ここには記述されていない。これはCERNの情報管理に向けた方向づけであり、構想と実装は別の時点に属する。

Webという名の前の「Mesh」

W3Cの転記に付された回顧注記によると、当時の呼称は「Mesh」だった。Berners-Leeが「World Wide Web」を選んだのは、1990年にコードを書いていた時だという。1989年の本文には一般名詞としてのwebも出てくるが、それはプロジェクト名がすでにWebだったことを意味しない。後の名称を先取りすると、当初の提案が実際以上に完成していたように見えてしまう。

文書が示すのは成果報告でなく、これからの作業だ。要件を調べ、既存システムを見渡し、移植性と拡張性を備えた方法を探る。その後に実装段階を置く構想だった。第一段階には二人で六〜十二か月という見積もりがある。これは提案書上の計画値であり、予算の承認、担当者の任命、予定どおりの実施を証明しない。

CERNが保存する年表は、最初の提案が1989年3月に意見募集のため回覧されたと記す。1990年10月にはCN/ECP管理層の後押しを受けてプロジェクト提案に改められ、11月にはBerners-LeeとRobert Cailliauがより具体的な文書をまとめ、その後試作機が作られた。1990年11月の提案は二人を共著者として挙げる。CERN年表は同年末の試作と実演を示す。二つの段階を分ければ、最初の案に後の計画を遡及して載せずに済む。

CERNの後年のブラウザー史は「Vague, but exciting」という書き込みをMike Sendallのものとして紹介する。印象的な言葉だが、正式な却下、承認、予算、委任を示す記録ではない。一次文書と年表から言えるのは、提案が回覧され、後に再構成されてプロジェクトになったということだ。CERNの回顧は書き込みを説明し、年表はその後の経過を示している。

提案は、ページを結ぶ比喩にとどまらない。人、ソフトウェアのモジュール、グループ、プロジェクト、概念、文書、機器をノードとして扱い、「依存する」「一部である」「作成した」「参照する」「使用する」といった関係で結ぶ。CERNの一箇所の変更が別の場所に及ぼす影響を表すための語彙だった。また、すべてを新しい中央保管庫へ移す必要もない。既存データをハイパーテキストとして表示するゲートウェイ、場合によっては読み取り専用の窓口を設け、システムを置き換えるのでなく相互に結ぶ構想も示した。これは設計案であり、すべてが実装されたという記録ではない。

提案が開いた問い

この文書の意義は、ある問いを設計可能にした点にもある。組織図、ファイル形式、保存先の計算機を先に知らなくても、研究者は知識の間に役立つ道筋を見つけられるだろうか。1989年に公開Webが完成していたわけではない。道具や分類が変わっても、組織の知識を見つけられる状態に保つという設計上の主張があった。

リンクを増やしても責任は消えない。誰が参照を追加・変更するのか。元の記録をどのチームが管理するのか。読者は古い参照をどう見分けるのか。柔軟な接続は境界を越えやすくするが、つながった情報を自動的に権威ある事実へ変えるわけではない。経路と出典は別々に確かめる必要がある。

歴史上の境界は明快だ。1989年3月、Berners-LeeはMeshという仮称のもと、CERNの情報管理を提案した。World Wide Webのプロジェクトは1990年の後続作業で再構成され、実装された。この区別を保てば、初期文書を完成済みの世界サービスとも、漠然とした予言とも誤認せずに済む。

出典