要約

  • 1999年、William B. NortonはNANOGのピアリング会合で集めた名刺を連絡先表にまとめ、情報を寄せた人たちに配布した。狙いは、別のISPで誰に話せばよいかを見つけやすくすることだった。
  • 2001年の「Peering Personals」では、各ネットワークが自分で記した短い特徴や方針を、会場での紹介に組み合わせた。話す相手を探す手がかりにはなるが、ISPが接続に応じるという約束ではない。
  • 残る記録が示すのは手法と期待であり、紹介から合意に至った割合でも、一般公開の名簿がその後も続いた証拠でもない。

2002年のプログラムは、紹介の「次」を期待した

NANOG 25のPeering BOF VIIは、短いネットワーク紹介のあと、関心を持った担当者同士が話せる時間を設け、そこから交渉に進むことを期待すると記した。ここで読み取れるのは主催側の設計意図だ。何組が実際に交渉し、何件が接続に至ったかは、公開された説明からは分からない。

「紹介したらつながる」という物語にしてしまうと、記録以上の成果をNortonに帰属させることになる。より慎重な読み方は、最初の連絡を見つけやすくし、初対面の会話に相手のネットワーク像を添える仕組みだった、というものだ。

この仕組みには二段階があった。まず連絡先の表で会うべき相手を見つける。次に、参加者が自分のネットワークや方針を短く説明し、会場で直接話す。2001年9月のPeering BOF IVでは、複数地点を求めるか、一地点でもよいか、コンテンツネットワークと接続するかなどが自己紹介の例として示され、図示したアイコンも使われた。条件の比較を始めやすくする工夫だが、表明内容を第三者が検証したとは書かれていない。

名簿には「誰が載るか」という別の問題があった

仕組みの出発点は1999年にさかのぼる。Nortonは9月22日のメールで、Peering BOFの参加者が名刺を持ち寄り、寄稿者に連絡先表を送る案を出した。NANOG 17の議事メモによれば、約50社が名刺を出し、表を受け取った。名刺にあっても一覧に載せたくない項目は、本人が線を引いて消せた。配布先も寄稿者に限定するとNortonは説明した。

氏名、肩書、会社、住所、AS番号、peering用のメールアドレスや電話番号が対象だった。これは公開ディレクトリではなく、参加者の協力で成り立つ連絡網だった。情報を提供しなければ一覧を受け取れないという条件は、範囲を狭める一方で、誰を「参加者」と認めるかを運営者が判断する構造も生んだ。

肩書だけでは人を特定できない

その判断の難しさは、当時のメールに残っている。Jessica Yuは、自分をあるISPのピアリング担当だと名乗る人をどう確かめるのかと尋ねた。Nortonは人が新規登録を確認すると答えたが、同じ企業から複数人が「担当者」だと名乗ることがあるとも述べている。David Diazはさらに、方針を決める人とルーターで設定を実装する人が分かれる場合を指摘した。

つまり、名簿は責任分界を可視化するものではなかった。相手の組織で誰が政策を説明し、誰が変更を実装し、誰に決裁があるのかは、対話を始めてから確認する必要がある。記録に正式な本人確認手順や誤登録数はない。人の確認は現実的な対策として語られるが、完全な認証制度と同じではない。

Nortonの2000年のスライドは、連絡先表がISP同士の接続を約束しないと明記する。この注意は、連絡網を過度に強い仕組みとして読まないために重要だ。相手を見つけること、会って話すこと、条件を交渉すること、接続を運用することは別々の段階である。

見えない成果を数えたことにはできない

Nortonは2001年、連絡先表をおよそ六週間ごとに参加コーディネーターへ送ると述べた。また、この活動はEquinixでの職務とは別のコミュニティサービスだと説明した。資料は運用の頻度と本人の位置づけを示すが、参加者側の全評価を示すものではない。

現在残る資料から、メッセージの到達率、会話の成立数、交渉数、契約数、通信費の削減や冗長性の改善を導くことはできない。したがって、「探しやすさの改善」は仕組みから妥当に考えられる効果であって、測定済みの成果ではない。連絡先はピアではない。その間にある判断を引き受けるのは、それぞれのネットワークだ。

参考資料

Heng LuのNote 64は編集上の視点であり、NortonやNANOGに関する歴史資料ではない。画像の本人確認に限って参照した資料:AfPIFのNorton公開プロフィールとプロフィール写真。ピアリング史の根拠としては使用していない。