要約

  • 英国政府は、SEPのFRAND料率を決める専用の裁判手続きと、知的財産庁(IPO)による公的な必須性審査を採用しなかった。代わりに、情報と交渉をより早い段階で支える方法を検討する。
  • 検討中のFRAND意見サービスは、まだ実現可能性の調査段階にある。利用は任意で、意見に拘束力はない。設置は決定しておらず、裁判所の役割も代替しない。
  • 通信、Wi-Fi、コネクテッド機器などの事業者にとっての焦点は、資金力の小さい実装企業が、訴訟前に意思決定へ使える見通しを得られるかだ。

規格は異なるメーカーの機器を共通の技術ルールでつなぐ。スマートフォン、無線アクセス網、接続型メーターが相互に動作するのは、共通の仕様を実装しているからだ。その規格に組み込まれた技術の一部は、規格必須特許(SEP)で保護される。特許権者は、公正・合理的・非差別的(FRAND)な条件でライセンスすることを約束するが、その約束だけで具体的な金額が決まるわけではない。

実装企業は、どの特許が自社製品に関係するか、申告された特許のうち何が本当に必須か、ポートフォリオをどう評価するか、サプライチェーンのどの段階でライセンスを提供するかを見極めなければならない。判断材料には特許請求の範囲、規格、比較可能な契約、製品価値、評価手法が含まれる。双方は事実と計算方法の両方で食い違うことがある。権威ある結論を得るには訴訟しかない場合もあるが、時間と費用がかかる。

2026年10月13日に公表された英国政府のSEP協議への回答は、交渉のどの段階に公的措置を置くかという選択である。協議は2025年7月から10月まで行われ、47の質問に対して93件の回答があった。政府によれば、回答者には特許権者、実装企業、中小企業、大企業、専門家、業界団体などが含まれ、複数地域から意見が寄せられた。これは立場の異なる証拠を記録した資料であり、代表性のある世論調査でも、どちらの側が正しいかを決める投票でもない。

協議の中心案は、知的財産企業裁判所(IPEC)に料率決定の専用ルートを設けることだった。侵害、特許の有効性、必須性が争われていない事案で、FRAND料率をより直接に決める狙いがあった。政府はこの専用ルートを見送った。回答からは、明確で実務的な手続きとして成立するという裏付けが十分に得られなかったという。料率だけを別の争点から切り離す難しさ、複雑な証拠と評価手法、審理を速めても期待した時間短縮につながらず、結果への信頼を損なう可能性が理由として挙げられた。

この判断は、料率紛争が小さな問題だとか、今の仕組みが安価だという意味ではない。政府の回答は、とくに経験の浅い企業や中小企業が、より速く、より安価な解決を望んでいることを記している。一方、交渉力の源泉については意見が割れる。権利者側からは、実装企業がライセンスを先延ばしにするとの主張があった。多くの実装企業は、技術が規格に入ることで権利者に力が生じ、差し止めの可能性が争いのある条件の受諾を迫り得ると述べた。政府は、診断が一致しないなかで手段を選んだ。

代替策は、早い段階で手がかりを示すことだ。政府は司法部門と、イングランド及びウェールズの既存訴訟のなかで、構造化された早期中立評価を設けられるか検討する。裁判官がFRAND条件について初期の見通しを示し、本格的な審理に進む前の和解を促す構想である。これは、すでに利用できる新手続きではない。導入自体が検討対象であり、実効性は、実施時期、証拠開示、そして追加の高額な審理を避けられるかで決まる。

IPOは、任意のFRAND意見サービスを設ける実現可能性も調べる。ライセンス提示が妥当なFRANDの範囲に入るかについて、初期の意見を示す構想だ。拘束力はなく、特許の有効性や侵害、最終責任、世界共通の料率を判断しない。設置の最終決定もまだない。今後、対象範囲、利用料、秘密情報の扱い、申請条件、裁判所や民間サービスとの関係を検討する必要がある。法的根拠を整える立法が必要となる可能性もある。

単一の価格と一定の範囲を区別することが重要だ。世界知的所有権機関(WIPO)が2026年に公表した経済報告は、FRAND評価の各手法に長所と限界があり、すべての案件に使える一つの公式はないと説明する。公的な意見は交渉上の主張を検討する材料にはなり得るが、ポートフォリオ、製品、市場ごとの違いは消せない。公表された推定値を、あらゆる製品や法域に適用される拘束的な料金表とみなすべきではない。

もう一つの柱は情報だ。政府は、権利者が規格関連の特許情報をIPOへ任意に提供できる経路を検討する。規格が確定に近づいた後の段階を想定し、標準化団体への宣言を補完する設計だという。実装企業が関連特許を探しやすくなる可能性はあるが、申告が必須性、有効性、侵害を証明するわけではない。検索可能な記録として役立つには、項目の定義が明確で、情報が更新され、権利者の申告と独立した評価が区別されなければならない。

政府は交渉ガイダンス、訴訟前の情報交換、既存の裁判外紛争解決手段への案内も整える。SEP専用の仲裁・調停サービスを新設するわけではない。IPOによる必須性審査については、十分に明確な根拠が得られなかった。また、この協議の証拠をもって差し止めを制限する法改正も提案していない。裁判制度は維持しながら、訴訟前のやり取りを改善しようとしている。

したがって、政策の成否を決めるのは発表より利用実績だ。任意の仕組みは導入しやすい一方、使われない可能性もある。大企業は専門家チームや民間の必須性分析サービスをすでに持つかもしれない。中小企業には費用、契約上の秘密、比較可能なライセンス情報の不足が残る。裁判所の早期評価も、十分早く出て、解決を促すために新たな高額手続きが必要にならない場合に初めて交渉を変える。

Heng Lu Note 73「マルチステークホルダーという幻影」は、限定的な編集上の視点を与える。参加は証拠や異議を提供できるが、それだけで拘束的条件を決める権限が生まれるわけではない。同ノートはSEPライセンスや英国特許法を裏付ける資料ではない。93件の回答は政府の判断材料であり、法的権限は政府と裁判所がそれぞれの役割に応じて行使する。この区別は、助言的な意見を市場全体の判決と誤って伝えることも防ぐ。

通信事業者と機器メーカーが今、SEPコストの低下や公的な新料金制度を前提にすることはできない。政府が選んだのは、情報と早期評価の改善によって、争いのある料率を交渉と裁判に残したまま、不必要な紛争の拡大を減らせるかを試す方法だ。介入は控えめだが、効果はまだ証明されていない。誰が利用でき、実際に使い、どの程度時間を節約し、費用が変わったのかを確かめる必要がある。

出典:英国政府のSEP協議回答;IPOの2026年10月13日発表;2025年の協議文書;WIPO『FRAND Economics: Valuation Methods in Licensing Standard Essential Patents』;英国デジタル標準戦略 2026–2030。 協議結果ページ;2023年のSEP政策資料