要約
- 1996年4月、.to のネームサーバーは国際的な複数のネットワークから応答していた。当時のメールによると、ドメイン内の最初のホストはサンフランシスコのトンガ領事館で稼働していた。
- 同じメールでは、トンガ国内の64 kbps衛星回線はまだ建設計画とされ、同年後半の稼働が見込まれていた。政府の後年の報告は、インターネットサービスの導入年を1997年としている。
世界で引ける名前と島内回線の計画
インターネットは、国のすべての場所に同じ瞬間に「到来」するわけではない。トンガの .to ドメインは世界各地から検索できたが、島々へ公共インターネットのトラフィックを運ぶ基盤はなお準備中だった。1996年の短いメールは、このずれを珍しいほど具体的に残している。DNS検索は応答した一方、国内向けに計画された衛星回線は、まだ運用中の事実として記されていなかった。
1996年4月11日、Eric Gullichsenは .TO トップレベルドメインへの nslookup 結果をNetwork Startup Resource Centerへ送った。そこには dns.aa.msen.com、ns.ripe.net、auth02.ns.uu.net、ns1.iafrica.com、munnari.oz.au、nbn.nbn.com など、プライマリおよびセカンダリのネームサーバーが挙げられていた。この一覧が示すのは名前解決の分散配置であって、トンガ国内の物理的なインターネット経路図ではない。Gullichsenは、ドメイン内の最初のマシンが当時サンフランシスコのトンガ領事館で稼働しているとも記した。彼はPAS-2経由で初期64 kbpsの地球局を設置する準備を整えるため、トンガに向かうところだった。稼働は1996年第3四半期を見込んでいた。
この最後の一文は予測であり、開通通知ではない。メールには、すでに動いていた事柄も記されているため、区別が必要だ。ネームサーバー、問い合わせへの応答、海外に置かれたホストは稼働状態として報告された。計画中の地球局は別の証拠区分に属する。ドメイン名が解決でき、Webサーバーが応答しても、トンガの利用者が島内に着地する国際回線を通じてそこへ接続できたことにはならない。
1997年のtracerouteが到達した先
次の記録は1997年1月、ロンドンから届いた。Imperial CollegeのOlivier M. J. Crepin-Leblondは、同校から candw.to へのtracerouteを記録した。名前は 207.124.73.129 に解決され、表示されたホップは英国の学術ネットワークを経て、米国のANS、AlterNet、CWIXのルーターを通り、宛先に到達した。この記録は、範囲が限られているからこそ価値がある。ロンドンのホストから一つの宛先アドレスへ向かった観測経路である。トンガを経由したパケット、島からの初回接続、トンガの顧客の利用体験を示すものではない。「First Ping TO」という投稿題を、全国初接続の証明に膨らませてはならない。
政府報告が示すサービス開始年
公共サービスの年を特定するには、ITU Telecom Asia 2000の巻に収録されたトンガ政府報告の方が直接的だ。報告は、王国でインターネットサービスが導入された年を1997年としている。報告時点で、トンガにはインターネットバックボーンへ向かう専用リンクが二つあり、米国向けが128 kbit/s、豪州向けが256 kbit/sのベアラだった。豪州、ハワイ、香港、ニュージーランド、米国への衛星回線も別途記載されている。これらは国別報告に記された公称容量だ。両リンクのトラフィック量や物理経路の独立性、衛星区間とダイヤルアップ接続を通過した後の家庭向け帯域を示すものではない。
同じ報告は2000年8月時点のインターネット顧客を541と数えている。顧客一件が一人とは限らず、全国利用者調査でもない。それでも、政府報告が挙げる1997年のサービス開始年と2000年の運用状況が、1996年の計画だけでは確定できない長い導入過程の一部だとわかる。
公開インターネット以前のメール
それ以前にも、メッセージを交換する仕組みはあった。NSRCが保存した2005年の回答で、Samiuela LV Taufaは1994年ごろ、顧客十人未満のFidoNet型メールサービスがあったと回想している。また、1995年ごろにはVava’uとHa’apaiからTongatapuへUUCPメールが集められ、毎日まとめて海外へ送られていたという。後年の回想なので日付は概数として扱うべきだ。さらに重要なのは、ここで語られているのがメールシステムであり、対話型の公共インターネットサービスとは限らないことだ。どのサービスが何を運んだかを示さなければ、「オンライン」という一語が異なる仕組みを一つにまとめてしまう。
後の海底ケーブルが変えたもの
のちにトンガとフィジーを結ぶ海底ケーブルが外部経路を変えた。アジア開発銀行は2013年、827 kmのケーブルがトンガとフィジーを結び、さらにSouthern Crossシステムへ接続すると発表した。発表でいう高速インターネットの到来は、新しいブロードバンドの節目を指す。それによって、先行記録が示す衛星経由のサービスがなかったことになるわけではない。
節目を一つの年にまとめない
この歴史は、唯一の開始日を争う話ではない。複数の制御面が順に現れる。国別名がグローバルDNSに入り、その名を使うホストが海外で動き、衛星地球局が計画され、政府報告が公共サービスの導入を1997年と記して二つの国際ベアラを報告し、2013年には海底ケーブルが別種の容量をもたらした。それぞれが答える問いは違う。ルートゾーンは名前をどこで解決できるかを示す。tracerouteは一度観測された経路を示す。サービス報告は政府が何を運用中と説明したかを示す。どの記録も、単独では残りを証明しない。
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