Summary

  • Tanzania Communications Regulatory Authority (TCRA)の2006年報告は、.tz の運用開始を1994年8月と記す。当時、国内に常時インターネット接続はなかった。
  • University of Dar es Salaam(UDSM)がスポンサーとなり、担当者、6つの第二レベルドメイン、国外のDNSサーバーが役割を分担した。この運用開始は、一般市民の広範な利用を意味しない。

名前の管理は回線より先に始められる

1994年8月、タンザニアには国別ドメインがあったが、後世の人が「ネットの出発点」と考えがちな常時接続はまだなかった。TCRAが2006年に公表した回顧報告は、.tz がその月に登録され、運用に入った一方、タンザニアには常時のインターネット接続がなかったと説明する。これは矛盾ではない。名前を管理する作業と、IPパケットを運ぶ作業は別だからだ。

報告によると、スポンサー機関はUniversity of Dar es Salaam(UDSM)、行政連絡先はBeda Mutagahwa教授、技術連絡先はRandy Bushだった。.tz の下には .ac.tz、.co.tz、.go.tz、.mil.tz、.ne.tz、.or.tz の6つの第二レベルドメインが置かれ、その下で個別の登録が行われた。同報告が記す後年の分担では、UCC/UDSMが .ac、.go、.mil を、Bill Sangiwa/CyberTwigaが .co、.or、.ne を担当した。

ここでは役割を分けて考える必要がある。レジストリは名前空間の記録を管理し、レジストラは委任された範囲で登録や変更を処理する。DNSサーバーは、他のリゾルバーが名前をたどるための委任情報を公開する。タンザニア国内にサーバーがなければ .tz を管理できない、というわけではない。TCRA報告は .tz のルートサーバーが国外に置かれていたとする。ただし報告本文と図でセカンダリーサーバーの名前が食い違うため、具体的なホスト名は断定できない。

ドメイン名が登録されたからといって、そのホストが稼働中であること、IPで到達できること、住民が利用できることまで証明されるわけではない。DNSの開始に、登録者ごとの常時接続も必要ない。国内の通信網が発展する前でも、国外の基盤を使って名称を登録し、応答を返すことはできる。

IP接続は後から加わった。1996年1月、Tanzania OnlineはUUCP方式の電子メールを告知し、インターネットとの間でメールを1日3回転送すると説明した。同社は「完全な」インターネットサービスを今後のアップグレードとしていた。これは業者自身の宣伝で独立監査ではないが、常時IP接続とは異なる定期転送型サービスを示している。8月、CyberTwigaのBill Sangiwaは、ロンドン経由のX.25上で9.6 kbpsのIP接続が7月25日から稼働したと報告し、UDSMは64 kbps回線を試験中だと記した。TCRAの後年の報告は1996年7月を本格的なインターネット接続の到来、8月をUDSMの接続時期としている。これは接続の変化を示すが、全国民に利用可能だった証拠ではない。

分担は、外部からの把握にも影響した。1998年、Bushは .tz が現地のレジストリに再委任されているため、タンザニアのドメイン数を示せないと述べた。これは彼自身の可視範囲の限界であり、現地に記録がなかったことを意味しない。それでも、複数の機関がそれぞれ登録を扱う構造では、単一の観察者が総数を得にくくなる。

制度の見直しはさらに後のことだ。TCRAは2005年に複数の関係者からなる委員会を設け、.tz の管理と再委任を検討したと記す。2006年報告はtzNICの設立を勧告し、移行計画を示した。ただし、勧告は計画の完了を証明しない。ドメインを維持するには、DNSの稼働だけでなく、誰がどの権限を持つのかという設計も必要だったことは分かる。

この歴史の焦点は「つながっていたか、いなかったか」ではない。タンザニアでは、常時の国内回線より先に名前の管理が動き、メール中継とIPサービスは別の段階で発達した。登録、DNS応答、国内の常時回線、一般利用は、それぞれ別の証拠で確かめる必要がある。

参考資料