要約
- PFnetは、予定された高周波無線の交信、太陽光発電、訓練を受けた運用者によって、地域のメール局をホニアラのインターネット接続拠点につないだ。
- 農村の拠点は有人のメールサービスであり、村のブロードバンドではない。メールを届けても、各局で一般的なウェブ閲覧ができたわけではなかった。
PFnetを理解するうえで重要なのは、目立つ速度の数字よりも、メッセージの受け渡しだ。ソロモン諸島の離れた地域で、利用者は現地の運用者にメールの送受信を頼む。運用者は共用アカウントを使い、短波無線の交信時間になると、送受信待ちのメッセージをホニアラの基地局へ運ぶ。首都のインターネット・カフェが、そこから外部ネットワークへ接続する。村とインターネットの間には、人、電源、手順があった。この設計は、常設電話回線がない、あるいは商用衛星通信を負担できない場所でも、電子メールを使えるようにした。
プロジェクトは2001年、UNDP/UNOPSの開発事業として設立され、Rural Development Volunteers Associationが運営した。2000年から2007年までPFnetの技術顧問だったDavid Leemingは、ホニアラのインターネット・カフェが2001年2月に12台の端末で稼働したと回想している。一方、ソロモン諸島政府とUNDPの2003年1月の報告が記録する別の節目は、チョイスル州Sasamunggaで初のコミュニティ運営農村メール局が開いた2001年10月だ。前者はホニアラの拠点、後者は最初の遠隔局を指し、全国の「初接続」日を争うものではない。JICA・南太平洋大学による2005年評価もプロジェクト開始を2001年としている。
農村局では、コンピューター、HF無線機、PACTORモデム、太陽光電源を組み合わせた。事業記録が示す選択理由は地理と通信事情にある。島々は広く離れ、多くの集落には安定した商用電力や電話がなく、商用衛星通信も誰もが負担できる価格ではなかった。運用者は顧客がメールを入力し、扱うのを手伝った。多くの場合、利用者は共有アカウントを通じてサービスを使った。運用者は単なる仲介役ではない。コンピューター経験が少ない人でも使えるよう、インターネットのサービスを現場の手順に翻訳していた。
無線局は常時接続のIPネットワークではなかった。2003年の報告は半二重の運用を記す。遠隔局は一度に一局ずつホニアラの基地局に接続し、通信も一方向ずつ進んだ。Leemingの保存された説明によれば、局は一日に数回、予定に沿って接続した。メッセージは遠隔局とホニアラの間、次にホニアラとインターネットの間で転送される。つまりストア・アンド・フォワード方式だった。利用者は無線の受け渡し後にメールを送受信できるが、農村局でWebを閲覧することはできなかった。Web閲覧はホニアラのカフェが担った。「インターネット接続」という一語が、国際回線の到達性を表す一方で、現地で提供されたサービスを隠してしまうため、この区別は重要だ。
局には地域の運営体制もあった。農村の委員会が設置場所や運用者の選定に関わり、委員会、運用者、PFnet/RDVAの三者合意が所有、安全、保守、サービス、支援の役割を定めた。2003年資料は収益分配と保守基金、運用者研修、無線を使った技術支援にも触れている。こうした仕組みは日々の責任を地域に分けたが、ホニアラのハブ、調整、研修、外部接続への依存をなくしたわけではない。運営は現場でコミュニティが担い、外部への出口は中央にあった。
局数は報告時点や、稼働中の局と計画中の局の区別で変わる。2003年1月の資料は七局が設置済みで、二局が準備中としている。2005年の評価は利用の違いを調べるため五局を対象にした。すべての局の調査でも、国民全体を代表する利用者調査でもない。報告は、局までの距離、人口分布、到達しやすさが利用に影響し、局や利用者層によって差があったとする。地図に局が載っていることは、アクセスが等しいことを示さない。有人局までの移動、開局時間、利用への自信、性別役割、料金も、誰が使えるかを左右した。
ITUが2008年に掲載した後年の紹介は、約30のコミュニティ局を報告し、多くのメールが国内向けで、家族への連絡に使われたと説明する。また、メール局と、後年にブロードバンドを導入した遠隔学習センターを区別している。これは後の時点の記録であり、2001年の開始状況に当てはめるべきではない。初期記録から導けるのは、PFnetが運用者を介する無線ネットワークによって、離れたコミュニティとインターネットの間でメールを運ぶ方法を実際に作った、という限定的な結論だ。
Heng LuのNote 64「Minimum Initial Specification, Localized Future Decision, and Voluntary Adoption」は編集上の視点であり、歴史的な証拠ではない。メッセージを運ぶうえで共通化が必要だった部分と、地域に任せられた判断を問う視点を与える。PFnetには互換性のあるメール経路、無線の受け渡し、外部へのゲートウェイが必要だった。一方、局の場所、運用者、コミュニティの支援、サービスの拡張は地域の判断だった。この区分は仕組みを説明する助けになるが、すべての島で使える万能策を意味しない。
出典と限界
- ソロモン諸島政府 / UNDP、世界情報社会サミット向けPFnet資料、2003年1月
- Anand Chandほか、『The Impact of ICT on Rural Development in Solomon Islands: The PFnet Case』、USP Project、2005年3月(保存版)
- David Leeming, People First Network — Solomon Islands、技術顧問の回顧
- 国連公共行政事例集、People First Networkの項目
- ITU News「Solomon Islands in focus」、2008年9月、後年の文脈
- NSRCソロモン諸島インデックス、PFnetとそれ以前の国内接続を混同しないために参照
資料からは、全国民への普及、常時利用、平等な参加、全国初接続の単一日、和解への因果効果は確認できない。2005年評価の対象は五局であり、利用の差を記録している。ホニアラのカフェと最初の農村局は別の節目である。
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