要約
draft-ietf-spring-sid-as-source-address-00は2026年9月7日に公開され、SPRINGのワーキンググループ文書になった。作業対象になったのであり、RFCとして承認されたわけではない。- 入口PEのループバックアドレスに代えて対応するサービスSIDを外側の送信元に使えば、往復のアドレス関係をファイアウォールが同じセッションとして照合しやすくなる。
- その送信元はサービス文脈を表す。装置、顧客、利用権限まで一意に示すものではなく、草案自身が追跡性低下、SIDの偽装、状態表の消費を警告している。
問題は、往路だけを見れば不自然ではない構成から生じる。SRv6の入口PEは顧客パケットを外側IPv6ヘッダーで包み、送信元に自分のループバック、最終宛先に対向側のVPNサービスSIDを使うことが多い。SR Policyなら最終宛先はSRHの末尾にあり、ベストエフォートならIPv6宛先そのものになる。SRv6を解釈できるファイアウォールは、末尾の宛先を取り出して状態を作る。
復路では別のPEループバックが送信元になり、最初のPE側のサービスSIDが最終宛先になる。外側の二つのアドレスは単純に入れ替わらない。戻り側の送信元が往路の宛先と等しいことを期待する装置には、同じ顧客通信が二つの無関係なフローに見える。その結果、正常な応答やICMPエラーまで捨てられうる。
新草案の発想は、位置ではなくサービスの意味を対称にすることだ。入口PEがL3 VPNを特定した後、対向PEがその通信で受け取るはずのサービスSIDを選び、外側の送信元に置く。逆向きでも同じ処理をする。サービスSIDが送信元と最終宛先の間で反転し、状態キーが整う。送信元欄のSIDは通常のIPv6アドレスとして扱われ、その場所でエンドポイント動作を実行しない。
ここで「送信元」という言葉の中身が変わる。以前は入口PEを指すアドレスだったものが、入口PEの選んだサービス分類子になる。ファイアウォールのヒットは、現在の解析と規則の下で既存セッションに結び付いたことを示す。しかし、どの筐体が送ったか、どの顧客が原因か、そのノードにSIDを使う権限があったか、値が偽装されていないかまでは証明しない。
草案は三段階の粒度を示す。VRF単位なら追加検索が不要で扱いやすいが、同じVRFの複数CEが一つの送信元SIDに畳み込まれる。AC単位は追加検索なしで接続回線まで分けられる。プレフィックス単位はさらに細かいが、顧客パケットの送信元をVRF内で再検索するため、転送コストが増える。利用可能な最細粒度を選び、プレフィックス、AC、VRFの順にフォールバックする規則は、精度と費用の接点を明示している。
対称性は信頼の代用品ではない。ロケータープレフィックスがドメイン内で到達可能なら、内部ノードが正規のサービスSIDに見える送信元を偽装できる可能性がある。さらに、動的なSIDが短時間に増減すれば、ファイアウォールのセッション作成、エージング、容量に負荷がかかり、表があふれる恐れもある。草案が利用可能なサービスフローを厳しく制御するよう求めるのは、そのためだ。送信元許可、なりすまし防止、SIDの世代管理、状態予算は別の統制である。
ICMPでは、同じアドレスに診断上の役割が加わる。SRv6 PingはEnd SIDを外側の送信元にして復路到達性を試せる。中継ノードがエラーを返すとき、処理に失敗したSIDを送信元にすれば、ヘッドエンドは関連するノードとセグメントを特定しやすい。VPN由来のエラーでは、入口PEが埋め込まれた上位ヘッダーをRFC 8986どおり処理し、内側ICMPをCEへ渡す必要がある。ただし、障害位置を示す値は報告者の認証でも根本原因の確定でもない。
圧縮形式との組み合わせも条件になる。RFC 9800では、ルーティングヘッダー末尾と最終ノードが受け取る宛先が異なる場合があり、SRHを使わず宛先欄に圧縮セグメントを収めることもできる。草案は最終宛先を圧縮せず、SRH末尾に残すことを推奨する。ファイアウォールが両方向で同じ最終宛先を復元できなければ、PEの送信元選択が正しくても状態照合は崩れる。
実装欄にも境界がある。New H3CのCR16000とCR19000、ソフトウェア7.1.119以降が全節を実装し、成熟度はProductionと記されている。一方、対象版は前身のDraft-13で、具体的な実装経験は「特になし」とされる。RFC 7942の扱いに従い、IETFが寄稿者の申告を検証したわけではなく、推奨でもないと本文自身が断っている。動くコードの手掛かりではあるが、第三者適合試験、相互接続結果、導入規模の証明ではない。
Heng Luの現実層の考え方を当てると、混同すべき境目が見える。ワーキンググループ採用は調整の事実、PEの設定は意図した状態、パケットと状態表は観測、顧客への配送と追跡可能性は結果だ。一つが成立しても、次の層まで自動的に成立しない。
今回のニュースの価値は、SRv6の機能が一つ増えたことではない。誤廃棄を減らすために、送信元アドレスをサービスの記号へ読み替える作業が、共通仕様の検討対象になったことにある。運用記録はSID割当、許可された発信PE、選択粒度、ファイアウォールの解析版、状態ヒット、実パケット、CEでの結果を一つの世代で結ぶ必要がある。「戻り通信が一致した」を「誰が送ったか確認できた」に膨らませないためである。
出典
- IETF Datatracker:SID as source address in SRv6
- ワーキンググループ草案00
- Datatracker:前身草案
- 前身草案リビジョン13
- SRv6 Security Considerations リビジョン16
- RFC 8402:Segment Routing Architecture
- RFC 8754:IPv6 Segment Routing Header
- RFC 8986:SRv6 Network Programming
- RFC 9252:BGP Overlay Services over SRv6
- RFC 9259:OAM in SRv6
- RFC 9800:Compressed SRv6 Segment Lists
- RFC 7942:Implementation Status Sections
- Heng Lu:Running-Code Primacy
- Heng Lu:Minimum Initial Specification
- Heng Lu:Reality Layers
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