要約

  • 全国学術ネットワークの計画は1991年に始まり、クロアチアのIPネットワークと国際インターネット接続は1992年11月17日に正式に稼働した。
  • ザグレブとウィーン大学を結ぶ回線は9.6 kbpsだった。初期参加機関とSrceの公共端末は接続地点を示すもので、家庭への普及を示すものではない。

一本の国際回線で国がネットワークにつながっても、多くの住民がすぐに使えるとは限らない。クロアチアの公式なインターネット開始日は、その隔たりをよく表している。接続は成立したが、利用の中心は機関だった。

計画は1991年10月、当時の科学・技術・情報省が全国学術ネットワークの構築に着手したことから始まる。同年秋には学術ネットワーク委員会が設けられた。ザグレブ大学計算センター(Srce)は、ネットワークの建設・管理と利用者支援を担った。これは事業と運用の始まりであり、後年の機関設立とは別の出来事だ。

1992年11月17日、IPベースのクロアチア学術・研究コンピュータ通信網と、世界のインターネットへの接続がザグレブ大学学長室で正式に開始された。国際回線はザグレブからウィーン大学へ延び、容量は9.6 kbpsだった。この数値は回線容量であり、利用者数や実際の通信量を表さない。CARNETの記念記事が日付、経路、容量を記し、クロアチア政府の発表もザグレブ―ウィーン間の接続を確認している。

初期参加機関には、オシエク、ザグレブ、スプリト、リエカの学部、ルジェル・ボシュコヴィッチ研究所、科学省が含まれていた。これは大学・研究機関を結ぶネットワークであり、すべての学校、企業、家庭が接続済みだったという意味ではない。CARNETの回顧によると、Srceの公共コンピュータから市民もインターネットにアクセスできた。共有端末は一つの接点を広げたが、個人回線の普及を証明するものではない。

その後の節目も分けて見る必要がある。CARNETによれば、国別トップレベルドメイン.hrの登録と運用は1993年3月27日に始まった。通信規制機関は、CARNETという機関自体は政府令により1995年に設立されたとしている。計画の開始(1991年)、国際接続の稼働(1992年)、機関の設立(1995年)は別の段階だ。HAKOMの沿革もその区別を裏付ける。

9.6 kbpsの回線が示すのは国際的な学術接続の成立であり、国内の普及率ではない。公開資料は運営主体と初期の接続先を示す一方、完全なノード図、通信量の推移、利用者数、家庭接続の統計は示していない。クロアチアは研究ネットワークを通じてインターネットにつながった。その接続の広がりは別の証拠で測る必要がある。