要約

  • オーストラリアの「My Feed, My Way」は、プロフィール情報などに基づく推薦フィードとは別に、利用者がフォローするアカウントからの通常コンテンツに出所を限定するfollowing-onlyフィードを選べるようにする提案である。しかし、2026年10月16日時点で確認できるのは法案提出と規則案の意見募集であり、法律の成立、規則の発効、実際の履行を示すものではない。選択権が実効性を持つには、この制度的な順序をすべて通過する必要がある。
  • 規則案の第6条第6項は、following-onlyフィードにも、利用者がフォローしていないアカウントの広告を含めることを明示的に許容する。これは広告掲載を義務づける条文ではないが、通常コンテンツの推薦を制限する選択と、広告配信の許容範囲とが一致しないことを意味する。利用者の意思を尊重する仕組みと、プラットフォームが商業的な配信余地を維持できる仕組みが、同じ制度案の中に組み込まれている。

1. フィードを選ぶという行為は、何を選ぶことなのか

SNSの画面に表示される投稿は、利用者が意識して関係を結んだ相手から届くものだけではない。プラットフォームの推薦機能によって、利用者がフォローしていないアカウントのコンテンツも表示され得る。こうした配信のあり方に対して、利用者が別のフィードを選択できることには、単なる画面設定以上の意味がある。

問題は、選択肢が存在することと、その選択が尊重され続けることが、必ずしも同じではない点だ。ある画面で切り替えが可能でも、その設定が次回の訪問時に失われたり、利用するたびに再設定が必要になったりすれば、選択の実質的な価値は小さくなる。また、選択する操作が分かりにくく、通常のサービス利用に比べて大きな負担を伴うなら、形式的に選択肢が用意されていても、利用者が十分に行使できるとは限らない。

オーストラリア政府が2026年10月15日に意見募集を開始した「My Feed, My Way」の重要性は、この問題を製品設計の範囲から制度的な義務の範囲へ移そうとしているところにある。主管するDepartment of Infrastructure, Transport, Regional Development, Communications, Sport and the Artsが公表したのは、Online Safety (User Empowerment Tools) Determination 2026の草案である。意見募集の締切は同年11月5日23時59分、オーストラリア東部夏時間(AEDT)とされている。

この提案が対象とするのは、すべてのインターネット情報流通ではない。草案第6条は、推薦機能によって利用者コンテンツを提供する一定のSNSサービスやプラットフォームについて、利用者が選べるフィードのあり方を規定している。したがって、あらゆるウェブサイトの表示方法を一律に変更する計画として説明するのは正確ではない。

利用者に提示される選択の一つは、プロフィール情報などを使った推薦コンテンツを含むフィードであり、もう一つがfollowing-onlyフィードである。後者では、通常のコンテンツの出所を、利用者がフォローしているアカウントに限定することが提案されている。

ここで制度の焦点となるのは、表示順位を決める数式そのものではなく、通常コンテンツがどのアカウントから流入してよいかという境界だ。利用者がフォローするという行為が、その境界を設定する基準になる。

これは、SNS上で人とつながる行為と、コンテンツが推薦されて届く行為を区別する考え方でもある。フォローという利用者の明示的な関係設定を、通常コンテンツの流入条件に反映させる。その結果、利用者は自分が関係を結んだアカウントを中心とするフィードを選択できるようになる、というのが提案の構造である。

ただし、following-onlyを時系列表示の保証と同一視してはならない。草案が示すのは、通常コンテンツの出所をフォロー対象に限定する選択肢であり、表示順序が必ず投稿時刻に従うという保証ではない。フォローしたアカウントの投稿について、あらゆる順位付けや処理が禁止されると読み替えることもできない。

この違いは重要だ。利用者が「自分で選んだ相手の投稿を見る」ことと、「コンテンツが一切加工・整理されずに並ぶ」ことは、別の要求だからである。制度の効果を評価するには、まず何を選択できるのかを限定して理解し、その外側に残る仕組みを別途検討しなければならない。

2. 2026年10月16日に存在するのは権利か、権利の設計図か

今回の動きを評価するうえで、最も避けるべき誤解は、政府が提案を公表したことを、すでに法的義務が成立したことと取り違えることである。

草案には「DRAFT ONLY—NOT FOR SIGNATURE」と明記されている。つまり、これは正式に署名され、発効した規則として提示されている文書ではない。その内容が具体的だからといって、直ちにプラットフォームに現行の履行義務があるとは結論できない。

同じ10月15日、Anika Wells通信相は、Online Safety Amendment (Digital Duty of Care) Bill 2026を議会に提出したと発表した。政府はこの法案を、オンラインプラットフォームに責任を求めるDigital Duty of Careの改革と位置づけている。

しかし、議会への提出は成立とは異なる。法案の内容を政府が説明したことも、議会がそれを可決した証拠にはならない。さらに、法案が議会で可決されることと、Royal Assentを経て法律として成立すること、そして個々の規定が施行されることも、区別しなければならない。

草案第2条は、この順序を理解するための重要な手がかりを与える。Determinationの施行を、将来のOnline Safety Amendment (Digital Duty of Care) Act 2026のSchedule 2の開始と連動させているのである。

これは施行条件を示す規定であって、参照先の法律がすでに成立したという事実認定ではない。文書中に将来の法律名が書かれているからといって、その法律の成立や施行が確認されたことにはならない。

また、草案第3条は、Online Safety Act 2021のsubsection 27A(1)を根拠規定として引用している。これも草案が想定する法的権限の構造を理解する材料ではあるが、それだけで現在の権限行使が完了したとはいえない。

制度上の順序は明確である。まず、必要な法律上の根拠が成立しなければならない。次に、その根拠に従ってDeterminationが有効に成立し、定められた条件に従い発効する必要がある。その後、対象となるプラットフォームが規定された選択肢を実際に提供し、継続して機能させてはじめて、利用者にとっての制度的な効果を評価できる。

この三つの段階は、それぞれ別の問題を扱っている。

法律上の根拠は、公的機関がプラットフォームに何を要求できるのかという権限の問題である。Determinationの発効は、抽象的な制度構想が具体的な適用規範となる時点の問題である。履行は、その規範が利用者の画面や操作に反映され、継続して利用できるかという実務上の問題である。

いずれか一つだけでは足りない。法的根拠が成立しても、規則が発効していなければ今回の規則案に基づく義務を既存の義務として説明できない。規則が発効しても、実装が機能しなければ利用者は約束された選択を現実には行使できない。

逆に、プラットフォームが自主的に似た機能を提供していたとしても、その機能の存在だけで法的に保障された権利が成立したことにはならない。

この区別を守ることは、政府案の価値を過小評価するためではない。制度がまだどの段階にあるのかを正確に捉えなければ、後に責任を問うべき主体や検証すべき事項を誤るからである。

2026年10月16日に確認できるのは、政府が立法を進め、関連するDetermination案について意見を求めているという段階である。成立法に基づく義務の履行がすでに始まっていると説明する根拠は、提示された事実にはない。

3. 選択権の核心は、ボタンの有無ではなく設定の持続性にある

草案第5条は、制度の実務的な意味を具体化する条文である。

ここで求めようとしているのは、単に異なるフィードを用意することではない。利用者がその選択肢の存在を理解し、容易に見つけ、無理なく操作し、選択した状態を維持できることである。

明確な通知、分かりやすさ、見つけやすさ、継続的な利用可能性、機能性という条件は、それぞれ別の障害を対象にしている。利用者が機能を知らなければ選択できない。知っていても見つからなければ利用できない。見つけても操作が複雑なら、選択の負担が増える。そして、一度設定しても機能が維持されなければ、選択は持続しない。

さらに草案は、選択ツールの利用によってサービスの利用や操作が難しくならないこと、また利用者がその選択肢を利用するのを直接または間接に思いとどまらせないことを求める方向を示している。

ここには、インターフェースの設計が実質的な自由を左右するという制度的な認識がある。

例えば、ある選択肢が技術的に存在していても、利用までに多数の操作を要するなら、利用者の負担は大きくなる。また、選択後の利用体験が不必要に不便になるなら、別のフィードへ戻る誘因が生じる可能性がある。

これらは特定の企業が実際にそうしているという主張ではない。選択権を設計する際、単なる機能の存在証明だけでは十分でない理由を示す分析上の例である。

草案が比較可能な利用体験に言及している点も重要だ。利用者がfollowing-onlyを選んだことを理由に、基本的なサービス体験に不利益が生じるような構造では、選択の自由が形式化しかねない。提案は、選択肢の存在と、その選択肢を無理なく利用できることを一体として扱おうとしている。

ただし、比較可能な体験という表現から、二つのフィードに同じコンテンツが表示される、あるいはすべての画面要素が同一であるという結論は導けない。そもそもコンテンツの出所を変えることが選択の目的なのだから、両者に違いが生じること自体は当然である。重要なのは、異なる選択をしたことによって、その選択を利用し続ける能力が不当に損なわれないかという観点だ。

第5条でもう一つ注目すべきなのは、利用者が明示的に変更しない限り、設定を同一セッション中だけでなく、訪問と訪問の間でも維持するという提案である。

ここでフィードの選択は、一時的な画面操作から、継続する利用者の意思表示へ変わる。

利用者が今日following-onlyを選んだ場合、次にアクセスしたときも同じ選択が維持されることが想定されている。再訪問するたびに推薦フィードへの切り替えを迫られる状態とは、制度の意味が異なる。

設定の持続性は、日常のサービス利用における意思決定の回数を減らすだけでなく、誰が既定状態を決めるのかという問題にも関係する。

利用者の明示的な選択が維持されるなら、既定の配信方式を管理する側が、その都度利用者の意思を上書きする余地は少なくなる。制度案は、この継続性をプラットフォームの任意の配慮に委ねず、要求事項として位置づけようとしている。

もっとも、現時点で特定のプラットフォームがこの要件を満たしているかどうかは、提示された資料から判断できない。また、将来の運用でどのような検証方法が採用されるかも、ここで断定することはできない。

確認できるのは、草案が利用者の選択を一回限りの操作ではなく、維持されるべき設定として扱っているということである。

4. following-onlyの境界に広告が残る理由をどう読むか

今回の提案で、法律上の構造と商業上の利害が最も鮮明に交差するのは第6条である。

第6条第2項から第5項は、推薦機能によるコンテンツと、利用者がフォローするアカウントに出所を限定するfollowing-onlyの選択肢を規定している。一方、第6条第6項は、following-onlyフィードにも、利用者がフォローしていないアカウントの広告を含めてよいとする。

この一文によって、制度が保護しようとする選択の範囲が具体的に区切られる。

利用者がfollowing-onlyを選択した場合、通常コンテンツについてはフォロー関係を基準とする制限が働くことが想定される。しかし、広告については、同じ出所制限が全面的に適用されるわけではない。

つまり、利用者がフォローしていないアカウントからの通常コンテンツと、同じくフォローしていないアカウントに関係する広告は、草案上、異なる扱いを受ける。

ここで注意したいのは、第6条第6項の「may」という語の意味である。

「May include advertising material」という許容表現は、広告を含めることを認めるものであり、含めなければならないという義務を定めるものではない。したがって、following-onlyフィードに一定量の広告が必ず表示されると断定するのは誤りである。

同様に、この条文から広告の掲載頻度、総量、ターゲティングの方法、配信を決めるオークション方式を読み取ることもできない。提示された条文は、そうした詳細を定めていない。

また、広告を含めてよいという規定は、広告に対するその他の法的制約がすべて存在しなくなることを意味しない。この分析で確認できるのは、following-onlyという選択肢が、非フォロー・アカウントの広告を一律に排除する仕組みとして設計されていない、という限定された事実である。

この限定を踏まえたとき、制度案は単純な「アルゴリズムを使うか、使わないか」という二分法では説明できない。

通常コンテンツの推薦を制限することと、広告の配信を認めることが、同じフィードの中で両立するように設計されているからだ。

利用者は、通常コンテンツについて、フォロー関係を中心とする配信方式を選ぶことができるようになる可能性がある。それでも、広告については非フォロー・アカウントからの配信が許容され得る。

この制度構造は、コンテンツの流入経路を二つに分けて考える必要性を示している。

第一は、利用者がフォローする相手との関係を通じて通常コンテンツが届く経路である。第二は、広告としての性質を持つコンテンツが届く経路である。following-onlyは前者に明確な境界を引こうとするが、後者については同じ境界を完全には適用しない。

ここに商業上の意味がある。

広告は、利用者が個別のアカウントをフォローしているかどうかとは別の理由で表示され得る商業的な配信領域である。草案は、この領域をfollowing-onlyの選択から完全には排除していない。

それは、利用者の意思を無視してよいという包括的な許可ではない。また、政府が特定の広告収益を保証しようとしていると断定できるものでもない。

正確にいえば、草案は通常コンテンツの推薦に対して利用者が設定できる境界と、広告配信について残される許容範囲とを区別しているのである。

この区別は、利用者の期待と制度上の権利内容に差が生まれる可能性を伴う。

利用者が「フォローしている人の投稿だけを見る」という説明を、画面上に現れるすべてのコンテンツの出所がフォロー対象に限られるという意味で理解した場合、広告の例外を予期しないかもしれない。

だが、規則案が実際に保護しようとしている対象は、そうした無条件の表示制限ではない。非フォロー・アカウントの広告を許容する例外が、明文で残されている。

このため、将来の選択ツールの説明は、単に「following-onlyを選べる」と告げるだけでは、利用者の理解を十分に支えられない可能性がある。

通常コンテンツと広告で何が違うのか、どの範囲に選択が及び、どこには及ばないのかを明確に示すことが、実質的な利用者理解の観点から重要となる。

なお、これは草案が別途特定の説明文言を義務づけているという意味ではない。第5条の明確性に関する要件と、第6条の広告例外を併せて読んだ場合に生じる、制度設計上の論点である。

5. 最初の選択を誰が促すのか

利用者の意思を継続して尊重する制度を設計しても、最初の選択機会が分かりにくければ、制度が意図する効果は十分に生まれない。

草案第7条は、この最初の接点について規定している。

案によれば、規則が発効した時点で認証済み利用者がまだフィード設定を選んでいない場合、次にサービスへアクセスするときに選択を提示することが想定されている。

これは重要な仕組みだ。選択機能が設定画面のどこかに置かれるだけの場合、利用者はその存在を知らないままサービスを使い続ける可能性がある。次回アクセス時の提示は、選択の存在を利用者に知らせるための直接的な接点となる。

ただし、ここでも法的な時間軸を取り違えてはならない。

第7条は、規則の発効時を前提とした案である。2026年10月16日現在、すべての認証済み利用者にこの選択を提示する義務がすでに適用されている、ということではない。

また、条文が想定する対象には条件がある。認証済み利用者であること、まだ設定を選択していないこと、そして規則が発効していることが重要である。これらの条件を無視して、すべての訪問者に同一の動作が求められると説明することはできない。

第7条と第5条を併せて読むと、制度案は選択の開始と継続を別々に扱っていることが分かる。

第7条は、まだ選んでいない利用者に選択の機会を届ける仕組みを示す。一方、第5条は、一度行われた選択を利用者自身が明示的に変更しない限り維持するという構造を示す。

前者は選択を成立させる入口であり、後者は選択を有効な状態に保つ仕組みである。

この組み合わせが成立して初めて、利用者の意思は一時的な応答ではなく、継続するサービス上の設定として意味を持つ。

とはいえ、選択が提示される際の個別の画面構成や、利用者が実際にどう反応するかについては、現時点の確認済み資料から結論できない。

制度案を評価するうえで問うべきなのは、特定の画面を想像して是非を決めることではなく、正式な要求事項が成立した後に、利用者が適切な選択機会を得られる構造になっているかどうかである。

6. 政府の約束が、運用上の責任に変わるまで

Wells通信相は、National Press Clubでの演説において、Digital Duty of Careをプラットフォーム側の責任として位置づけている。

これは政府の政策的な説明として重要だが、それ自体が個々の義務の法的効力を証明するものではない。

政治的な説明では、利用者により大きな選択権を与えるという目的を明確に示せる。しかし、法律と規則に求められるのは、その目的を実際に適用できる条件へ変換することである。

今回の草案には、その変換を試みる要素がある。対象となる推薦機能を持つサービスを規定し、選択できるフィードの種類を示し、利用可能性や設定の維持を要求事項として記述する。さらに、選択をまだ行っていない認証済み利用者に機会を提示する仕組みも提案している。

これらは、政策目標を具体的な製品上の振る舞いへ結びつけるための条件である。

しかし、法的な文章で条件を定めることと、利用者が現実にその条件を満たしたサービスを使えることとの間には、実装という段階が残る。

プラットフォームが対象となるかを判断すること、求められる選択肢を設計すること、選択を保存すること、後の訪問でその設定を維持すること、そして例外的に許容される広告と制限される通常コンテンツを適切に区別することは、制度の実効性を左右する実務的な論点となる。

これらは将来の履行評価で検討すべき事項であり、現時点で特定の企業が問題を抱えているという証拠ではない。

また、草案に規範が書かれているという理由だけで、将来の具体的な執行担当者、監査方法、制裁措置、紛争処理の結果まで推測することはできない。法案の最終形や関連制度の運用が確認されていない段階で、詳細な執行体制を既成事実として論じることは避けるべきである。

ここで「執行可能な利用者の権利」という表現も、慎重に理解する必要がある。

法的に要求される選択肢と、利用者個人がどのような手続で救済を求められるかは、必ずしも同じ問題ではない。前者は規制上の義務内容であり、後者はその義務を実現する制度的手段に関係する。

したがって、今回の提案を、利用者がすでに特定の救済を請求できる権利として説明するのは早計である。まず確認すべきなのは、基礎となる法制度が成立し、規則が発効し、対象サービスに対する要求事項が実際に適用されるかどうかだ。

そのうえで、履行状況と実際の法的対応の仕組みを検証する必要がある。

こうした段階的な理解は、制度の成功と失敗を評価する際にも役立つ。

仮に将来、法律と規則が成立しても、選択肢の存在が利用者に十分伝わらなければ、政策目標は限定的にしか実現しないかもしれない。選択肢が周知されても、設定が維持されなければ、利用者の意思を継続的に尊重するという目的は弱まる。

また、設定が機能していても、広告の例外について利用者の理解が不十分なら、制度が認める選択の範囲と、利用者が期待する範囲の間にずれが残り得る。

これらは現時点で確認された失敗ではない。正式な制度が成立した後、何をもって効果を評価するべきかを示す条件付きの論点である。

7. 「推薦を止める」政策ではなく、選択の範囲を法的に定義する政策

My Feed, My Wayを単純な反アルゴリズム政策と捉えると、制度の特徴を見落とす。

草案は、推薦機能の存在そのものを一律に否定する設計ではない。利用者が推薦コンテンツを含むフィードと、通常コンテンツの出所をフォロー対象に限定したフィードを選べるようにすることが中心にある。

つまり、制度が目指すのは、一つの配信方式を唯一の正解として強制することではなく、異なる配信方式の間で利用者の選択を成立させることだ。

その選択は、明確で、利用しやすく、維持されなければならない。ここに法的規律の意味がある。

しかし、配信方式の選択には明確な限界もある。following-onlyであっても、非フォロー・アカウントの広告は許容され得る。この例外は、制度の周辺に付随する細部ではなく、利用者が選んだフィードの内部に組み込まれる境界条件である。

そのため、この改革を評価する際の問いは、「アルゴリズムを排除できるか」ではない。

「利用者は何について決定権を持ち、その決定はどの範囲で維持され、何がなおプラットフォーム側の配信領域として残るのか」である。

この問いに対し、草案は一つの答えを示している。通常コンテンツの出所については、利用者がフォロー関係を基準とするフィードを選べるようにする。他方、広告については、それと完全には一致しない許容範囲を認める。

政府の政策説明と、規則案の技術的な文章を同時に読む必要があるのは、このためである。

選択を広げるという政治的な目的だけを見れば、利用者の自由が全面的に拡大する印象を受けるかもしれない。しかし、条文を読むと、どの選択が保護対象となり、どの配信が例外として残されるかが分かる。

そして、その条文自体がまだ草案であることを踏まえれば、制度の現実的な位置も見えてくる。

2026年10月16日の時点で、オーストラリアはフィード選択を法的な要求事項へ変えようとする過程にある。すでに成立した権利を運用している段階だと判断することはできない。

今後の評価は、提案された条文がどのような法的根拠の下で正式化されるか、いつ発効するか、そして選択肢が安定して提供されるかに依存する。

その際にも、広告の例外は消えない論点として残る。最終的な制度がこの構造を維持するなら、利用者の権利は配信のあらゆる側面を統制する権利ではなく、特定のコンテンツの流入条件について選択する権利として理解すべきだからだ。

My Feed, My Wayの制度的な意義は、利用者がフィードを選ぶという日常的な操作を、公的な義務へ変えようとするところにある。そして、その改革の限界は、同じフィードの中に通常コンテンツの出所制限と広告の許容が共存しているところにある。

この二つを同時に捉えることで、はじめて提案の実際の射程を理解できる。

出典

  1. Department of Infrastructure, Transport, Regional Development, Communications, Sport and the Arts — Choice of feeds on social media(公式意見募集、2026年10月15日開始)
  2. Online Safety (User Empowerment Tools) Determination 2026 — Draft(規則案、特に第2条、第3条、第5条、第6条、第7条)
  3. Anika Wells — Digital duty of care: Next step in Australia's world-leading reforms(2026年10月15日、政府発表)
  4. Department of Infrastructure — Exposure Draft: Online Safety Amendment (Digital Duty of Care) Bill 2026(先行する法案公開草案)
  5. Anika Wells — Address to the National Press Club(Digital Duty of Careに関する政府の政策説明)