要約

  • 1995年の協力契約修正で、Network Solutionsは新規登録2年分を100ドル、更新を年50ドルとした。70%は同社のサービス対価、30%はインターネットの知的基盤整備に使う利息付き口座へ入った。
  • 1998年4月6日、連邦地裁は30%についてのみ、議会の承認を欠く税だとして責任を認めた。返金額、クラス、最終救済は決めず、民間サービス料金などへの他の主張は退けた。
  • 議会はその後、第8003条で過去の徴収を遡及的に承認し、残額をネットワーク活動のため財務省へ移すよう命じた。控訴裁判所はこの立法を有効としたが、70%の価格が原価に見合うとも、30%の全額が特定事業へ使われたとも認定していない。

合計できない三つの数字

1997年9月30日時点で、地裁判決は30%口座に少なくとも3700万ドルがあったと記した。1998年の修正第9号は、Network SolutionsがNSFへ2300万ドルを一度移したと述べる。議会は残る資金を財務省へ入れ、Next Generation Internetを含むネットワーク活動に使うよう指示した。

3700万ドルから2300万ドルを引けば残額が出る、と考えるのは早い。基準日が違う。徴収は1998年3月31日まで続き、口座には利息が付いた。送金、保管費用、追加収入、財務省への最終入金を一つにつなぐ公開台帳は、確認できた資料にはない。

この事件で確定できるのは、金の流れの法的な区分である。最終的な一ドル単位の照合ではない。

一枚の請求書に二つの法的な流れ

1995年9月14日、NSFとNetwork Solutionsの協力契約修正第4号は、.com、.net、.orgなどの登録者から直接料金を取る仕組みを導入した。新規登録は2年で100ドル、更新は年50ドルだった。

そのうち70%はNetwork Solutionsが登録サービスの対価として保持した。30%は「Preservation Assessment」と呼ばれ、インターネットの知的基盤を維持・強化するための別口座に置かれた。利用者にとっては一回の支払いでも、所有先と根拠は同じではなかった。

この区別は後の訴訟で決定的になった。30%は公共目的に向かうため、公的徴収の権限が問われた。70%は私企業が提供するサービスの対価と位置付けられ、別の法的分析を受けた。

技術的な入口が徴収を実効化した

当時、対象となる一般トップレベルドメインの実務的な登録入口はNetwork Solutionsに集中していた。登録者は一意の名前を得たり維持したりするため、その料金を払わざるを得なかった。

これは直ちに違法な動機を証明しない。しかし、権力の実態を示す。契約が価格を定め、登録入口の集中が支払いを実効化し、NSFが契約上の監督を行った。30%を公共負担として正当化する法的権限だけが、後に地裁から欠けていると判断された。

制度の公式説明は、安定した登録サービスとインターネット基盤への投資だった。実際の運用では、登録を必要とする者が、サービス対価と公共目的の拠出を一括して支払った。目的が公共的であることと、徴収権限が存在することは別問題である。

地裁が決めたこと、決めなかったこと

登録者らは1997年10月に提訴した。1998年2月、地裁は資金の支出を暫定的に止めた。そして4月6日、第一請求について部分的な責任判断を下した。

地裁は30%を、議会の承認を欠く税と評価した。NSFが将来の支払いを強いることを差し止める余地を認めた一方、クラス認定、損害額、返金方法を留保した。ほかの請求は退けた。

したがって、「裁判所が登録料金全体を違法と確定し、返金を命じた」という要約は誤りである。70%は別だった。返金命令もまだなかった。責任と救済の間に、手続上の空間が残っていた。

30%は先に止まり、法律は後から来た

修正第9号は1998年3月31日で30%を終了させた。将来の料金は新規2年70ドル、更新年35ドルとなり、全額がサービス対価とされた。

料金体系を変える技術的・契約的な決定は、地裁の責任判断より前に発効していた。ところが、過去に集めた資金を返すか公共資金として保持するかは未解決だった。

1998年5月1日、議会は公共法105-174の第8003条を成立させた。条文はNetwork Solutions、30%、1995年9月14日から1998年3月31日までの期間、そしてThomas事件を名指しした。さらに、この徴収を、事前に法律で明示的に認めていた場合と同じように合法化し、追認し、確認した。

法は未来の料金を新設したのではない。徴収終了後、地裁の責任判断後、最終救済前に、過去の資金の法的性質を変えた。

議会が選んだ受益経路

同じ条文は、残額を財務省へ移し、NSFが支援するネットワーク活動に充てるよう定めた。例としてNext Generation Internetが挙げられた。会議報告もこの立法が地裁判断への対応だと説明した。

この記録から、登録者の負担が公共ネットワーク事業へ利用可能になったことは言える。すべての資金がNext Generation Internetへ直接支出されたとは言えない。「含む」という文言は単独の使途を意味せず、確認資料には最終的な支出明細がない。

直接の費用負担者は登録者だった。Network Solutionsは70%のサービス収入と集中した登録経路から利益を得た。NSFと連邦政府は、遡及承認によって返金リスクを回避し、残額を公共活動へ使えるようになった。後のネットワーク利用者が利益を得た可能性はあるが、各支払者の負担との対応関係は資料から測れない。

控訴審は最初の徴収を適法と認定したのではない

1999年、D.C. Circuitは地裁の結論を取り消した。中心は、議会が過去の徴収を有効に追認できるかだった。

控訴裁判所は、当初の徴収が違法だったと仮定して議論した。議会は事前に同じ公共目的の負担を承認できたため、後から完成済みの行為を追認できると判断した。これは当初から権限があったという認定ではない。欠けていた権限を後の法律が補えるという判断だった。

手続上の限界もある。当事者は、司法判断前の追認と、司法判断後だが終局判決前の追認を十分に区別して争わなかった。控訴裁判所は、特定の登録者がすでに確定的な返金権を得ていた場合まで一般的に判断したわけではない。

70%の勝訴は価格監査ではない

登録者らは、Independent Offices Appropriation Actも援用した。しかし控訴裁判所は、同法が政府機関の提供するサービスや価値に関する規定だと整理した。登録サービスを提供し70%を受け取ったのは民間のNetwork Solutionsで、その金は財務省へ向かうものではなかった。

ここから「70ドルや35ドルが実証された原価に見合った」とは導けない。裁判所は価格の妥当性を監査したのではなく、特定の連邦手数料法がこの民間サービス収入に適用されないと判断した。

反トラスト請求も、独占構造の経済的承認ではない。裁判所は、登録者である原告が競争者として不可欠施設へのアクセスを拒まれた者ではないとして理論を退けた。手続・要件上の敗訴と、制度設計への肯定は同じではない。

法的欠陥は見つかったが、救済は残らなかった

最高裁は2000年に上告を受理しなかった。その後、原告らはEqual Access to Justice Actに基づく弁護士費用を求めた。地裁は暫定差止めと部分的な責任判断を根拠に、原告を勝訴当事者とみなした。

2003年、D.C. Circuitは費用認容を覆した。暫定差止めと部分判断は取り消され、介入した法律によって請求は最終的な金銭その他の司法救済を得る前に争点を失った。永続する救済のない法的判断だけでは、支配的な最高裁基準の「勝訴当事者」にならなかった。

ここで手続の輪が閉じる。原告は一段階で実在する権限欠缺を示した。しかし議会が過去のルールを変えた後、返金も、NSFに対する終局的な本案判決も、欠陥を明らかにした訴訟費用も得なかった。

何が結論を変えるか

現時点の限定的な結論は、徴収開始時に明示的な議会権限がなく、責任判断後に遡及的に補われ、救済が終局する前にその補充が有効とされた、というものだ。

完全に署名された修正第4号、保管契約、銀行明細、NSFの入出金記録、財務省の受入・支出台帳が出れば、金額と受益者の評価は変わり得る。1995年より前の具体的な法定権限、または1999年判決が検討しなかった確定的な返金権の証拠も、法的結論を再検討させる。

それまでは、3700万ドルと2300万ドルと不明残額を一つの精密な会計に見せてはならない。事件が示すのは、技術的な徴収能力が先行し、法的権限と公開会計が後を追ったという順序である。

出典