要約

  • Sandy Fraserの仮想回線は、通信の許可と実際のデータ転送を分けた。制御チャネルで要求、受諾、経路ごとの対応付けを終えてから、利用者のバイトがその状態を使う。
  • 短いラベルと異種機器の共存を得る代わりに、ネットワークは半開きの呼、古い変換表、回線ごとの資源、終了確認を正しさの一部として引き受けた。

ゼロ番チャネルが先に話す

米国特許3,749,845の構成で興味深いのは、通常データの前に予約済みの制御チャネルが働く点だ。発呼側は接続要求を送り、着呼側は受け入れるか拒む。受諾メッセージが戻る過程で、経路上の交換装置がリンクごとに仮想チャネルを割り当てる。発呼側が受諾を受け取れば、初めて通信を始められる。

したがって、短いチャネル番号は住所そのものではない。複数の装置が保存した判断への参照である。遠端が同意し、各ホップが「この番号なら次はここへ」という対応を持つからこそ、その後のデータは完全な宛先を繰り返さずに済む。

Fraserは、これを無通信時にも設備を占有する電話回線にはしなかった。特許は仮想的な割り当てと実際の活性化を区別する。要求された経路の性質は保存しつつ、伝送資源はデータのバーストが来た時に使う。記憶は継続するが、容量まで眠らせない設計だった。

終了にも明確な操作がある。どちらの端点からもend-of-callを送ることができ、仮想チャネルはリンクごとに解放される。処理中のデータが失われ得ることも特許は記す。終了は後片付けではない。古い番号が意味を失い、ネットワークが約束を忘れてよい時点を決める変更である。

実験名から業務基盤へ

Fraser自身の経歴書は、仮想回線交換の発明を1969年、ウィンドウ型フロー制御を1970年とし、Spider研究ネットワークで両者を実証したと記す。Bell Labsの歴史年表も、1970年にFraserがSpider建設を始めたとしている。1975年には、ハードウェアによる仮想回線交換を備えたモジュール型ネットワークDatakitを設計した。

経歴書によれば、1990年までにDatakit VCSはBell Laboratories全体にサービスを提供し、AT&T、地域電話会社、国外の顧客にも広く利用された。研究装置が日常基盤になると、一件の呼は多数の運用事実に分かれる。名前解決、経路選択、変換表、バッファ制限、そしていつ消すかという判断である。

異なる装置をつなぐことも目的だった。速度も記憶容量も手順も違う端末に、同じ振る舞いを強制するのは現実的ではない。プログラム可能なインターフェースが送受信特性を調整した。ローカルな番号を短くできたのは、交換機側が完全な行き先との対応を保管したからだ。

ここにはラベル交換一般の取引が見える。データごとに大きな宛先を添えれば、宛先の証拠はデータと共にある。対応表を先に入れれば後続処理は軽くなるが、証拠は制御系へ移る。効率化とは、費用を消すことではなく、どこで誰が払うかを選ぶことだ。

装置の違いを翻訳者に預ける

1992年にRoy CampbellとSean Dorward、続いてArun IyengarとCharles Kalmanek、さらにGary MurakamiとRavi Sethi、そしてCe Kuen ShiehとSee-Mong Tanがまとめた呼処理ソフトウェアでは、交換機につながる各論理回線を軽量なline processが扱う。装置固有の要求は、そこで装置に依存しない内部プロトコルへ翻訳された。一本の物理リンクには多数の論理回線を多重化できた。

この境界は、差異をなくすのではなく、差異の説明責任を限定する。新しい端末の方言を交換系の全要素へ拡散せず、line processが引き受ける。障害時にも、端点の要求、翻訳、交換表への反映を別々に検証できる。

後年のPlan 9ネットワーク論文は、利用者側から同じ考えを示す。DatakitとInternet系のプロトコルは似た形のプロトコルデバイスとして見え、connection serverが相手と共有できるネットワークとプロトコルを選ぶ。プログラムはdialやlistenを表明すればよく、すべてのアドレス体系を内蔵しなくてよい。

もちろん複雑さは残る。接続サーバー、翻訳プロセス、交換表へ移っただけだ。しかし置き場所が明示された複雑さは監査できる。抽象化の価値は「何もない」ことではなく、判断を照会できる窓口があることにある。

データグラムが負わない約束

RFC 791はIPを、コネクションレスで信頼性を保証しないデータグラムサービスと定義する。IP自体はエンドツーエンドの信頼性、順序制御、フロー制御を提供しない。すべての中継点が事前に一つの呼状態へ同意しなくても、データグラムは転送を試みる。

Datakitとの対比は勝敗表ではない。責任の配置が違う。コネクションレス層は中間網の長期的な呼状態への依存を減らし、連続性の回復を端点や上位層へ渡す。仮想回線は設定と維持の費用を先に払い、後続データに決められた扱いを与える。

そのため事故調査も異なる。データグラムなら到達性、経路選択、端点の再送を追う。呼なら、設定が最後まで完了したか、各ホップがどの版の対応を持ったか、どのサービスを許可したか、終了が全保持者へ届いたかまで証明しなければならない。

XUNETが見せた状態の重さ

Charles KalmanekとSrinivasan Keshav、そこにWilliam Marshall、さらにStephen MorganとRobert Restrickが加わったXUNET 2の回顧は、この系譜を高速広域網へつなぐ。XUNET 1はDatakit Virtual Circuit Switchesで大学研究拠点を結び、XUNET 2はATM交換機、ルーター、広域回線を用いてトラフィック管理と制御を研究した。

仮想回線の設定時に利用者はサービス種別を要求する。交換機は回線ごとのキュー、スケジューリング、バッファ制限で利用者を分離した。接続確立はヘッダー変換表とバッファ上限を変更する。呼は経路だけでなく、共有資源の扱いに対する合意になった。

しかし回線ごとの固定バッファは、実際の利用量を超えるメモリーを消費し得る。動的割り当ては節約になる反面、高速ロジックのキュー状態と制御プロセッサーの判断を同期させる信号が必要になる。チームは内部表の監査、遠隔保守、障害検出を設計の中心に置いた。

危険なのは、制御装置と転送装置の記憶が分かれる時だ。制御側は呼があると思い、ハードウェアは変換を失っている。再試行は新しい呼を作る一方、古い呼が資源を握り続ける。バイトが流れていても、それを許した根拠がすでに不明という事態が起こる。

Fraserが残した完全な動詞列

Fraser Researchの追悼文は、Ferranti、Cambridge、Bell Labs、AT&T Labs、そして本人が設立した研究所へ続く歩みを記録する。ACM、IEEE、National Academy of Engineeringによる顕彰は、仮想回線、フロー制御、パケット網設計への貢献を評価したものだ。

運用に残るのは装置の形より、要求する、受け入れる、割り当てる、制限する、終わらせるという動詞の列である。各動詞が状態を変え、検証すべき記録を生む。

Fraserの仕事は、すべてのネットワークが呼を記憶すべきだと証明したのではない。ネットワークが利用者の代わりに記憶するなら、その内容、所有者、開始時点、終了条件を証明できなければならないと示したのである。

出典