要約

  • RFC 1009はNSFの枠内で、異なるメーカーのゲートウェイにEthernetとシリアル回線接続を最低限求めた。
  • 付録は接続と経路制御を別の課題として扱い、メーカーをまたいで一つの自律システムをつくるオープンなIGPは当時なかったと記す。
  • これはNSFのプログラム要件と当時の選択肢を示す記録であり、全ネットワークの準拠や特定経路の成功を証明しない。

共通の接続口から経路は生まれない

二台のゲートウェイがEthernetでつながっていても、次にどこへ転送するかを同じ方法で決めているとは限らない。RFC 1009はその違いを隠さなかった。NSF向けのゲートウェイには共通の接続技術を求めながら、同一の自律システムに入る異なるメーカーの装置には、まだ共通のオープンIGPがなかったと認めている。

1987年6月のRFC 1009は、Internetゲートウェイの要件を正式にまとめ、製品を提供するメーカーへの指針を示した。ゲートウェイは二つ以上のパケットネットワークに接続するIP層のルーターである。接続先ごとにフレーム形式、MTU、アドレス変換、フロー制御やエラー処理に対応し、IPデータグラムを次のホップへ送る。両側のネットワークが同じ技術で動いている必要はなかった。

前文によれば、この文書はNSFの研究プログラムを支えるために書かれたが、要求はInternet全体を意識した一般的な文脈で記述されている。より限定された規定は付録Bの「NSFNET Specific Requirements」にある。B.2節は、NSFのネットワーク内で異なるメーカーのゲートウェイ同士をネットワーク層で相互接続するため、Ethernetとシリアル回線プロトコルの両方を最低条件とした。

Ethernetが選ばれたのは、仕様が成熟し、普及し、メーカーへの依存が小さかったからだ。付録はそれを、異なるメーカーが提供するネットワークシステムの共通境界として位置づける。各社は自社ネットワークの内側に独自のスイッチング方式を使えるが、他社製ゲートウェイと接続する外側にはEthernetを備える。共通化されたのは接点であり、内部構成全体ではない。

経路交換には別の手当てが要った

Ethernetはデータグラムを運ぶが、どの隣接ゲートウェイを選ぶかは決めない。B.3節は、当時、異なるメーカーの装置を一つの自律システムにまとめるオープンなIGP標準がInternetには存在しなかったと記す。そして、すでに使われていた複数の方法を列挙する。

少なくとも一社は独自のIGPを使い、EGPでInternetの残りと接続していた。RIPは複数メーカー間でうまく機能していた一方、文書化されておらず、実装には細かな差があった。NSFのネットワーク関係者は、複数のプロトコルを仲介するゲートウェイ・デーモンも開発していた。4.3BSD上の試作機は内部でRIPとHelloを話し、他の自律システムとはEGPを使った。

それぞれ役割が異なる。Ethernetは共通の接続媒体、RIPやデーモンは内部経路情報の交換または仲介、EGPは自律システム間の情報交換である。インターフェースが同じでも、ルート計算、転送表への登録、実際のパケット転送まで成功したとは限らない。

この文書が示すのは、接続の共通化が経路制御の共通化より先に進み得た時代だ。RFC 1812が1995年にRFC 1009を置き換えたという履歴は残るが、それだけで個々のメーカーやネットワークの採用経緯までは分からない。

後年の設計原則から読む

Lu HengのNote 64は後年、相互運用に必要な共通ルールだけを仕様に置き、それ以外の選択を実際に運用する参加者へ残す設計原則を提唱した。この視点は、Ethernetの接続境界と各社の内部設計を読み分ける助けになる。ただし、NSFの条件は特定のプログラムに伴う調達要件であり、全Internetでの自発的な採用ではない。1987年の著者にNote 64の意図を帰属させることもできない。

出典と限界

主な根拠は RFC 1009 の付録B.2〜B.3である。RFC 985は前身の草案、RFC 1812は後継の要件文書だ。これらは書かれた要件と報告された方法を示すもので、特定製品の実装、実ネットワークへの配備、経路収束、パケット到達を証明しない。